第18話 新任軍師の初仕事

「デンガー国のプリモス13世は自分自身を過大評価し、周辺国を我がものとしようとしている」


 衝撃的な話を聞いて固まってしまった私を見かねたビヨルンは、グラントン殿との別れの挨拶をさっさとすませ、私を連れて瞬間移動でジット家に戻った。


 まだ事情が呑み込めないでいる私を無視し、ビヨルンが淡々と説明している。


「軍の力を大きくしようとし、それを嗅ぎつけた底辺の近衛隊長が軍師となった、ということだ」


 『底辺の近衛隊長が軍師』……、つまりダナのお父さんそうかプリモス13世の動きに乗じて私を踏み台にしたのか。


「軍師には冷静な判断が必要だ。こうした事情があるため、イーナには荷が重いかもしれぬが」

「や、やります! 任務を全うします!」

「そう言うと思った」


 ビヨルンは無表情のまま私を見つめる。相変わらずイケメンだ。


 私が固まっているのを解除させるため、わざと荷が重いと言ったのだろう。術に見事にはまってしまった。


「ご主人様~。宮殿からお戻りですか? げっ、何でグラストン閣下の指輪をあんたがつけているのよ!」


 サナが目ざとく私の右手で輝くルビーの指輪を見つけ、すごい剣幕で私を睨みつけた。


「サナ、彼女は今日からモルセン軍師だ」

「はひ?」


 まん丸の目で私とルビーの指輪を交互に見る。その姿は笑いたくなるくらい滑稽だった。


「ビヨルン様! グラントン閣下よりお荷物が届きました。イーナ様が軍師に着任となったとのこと。誠におめでとうございます」


 ベイカーさんが早歩きでやってきた。グラントン殿の使用人たちが荷物を離れに運ぶよう指示している。


 まさに絵に描いたような執事ぶりだ。


「ベイカー、今日中に色々と準備せねばならぬ」

「かしこまりました」


 主人の命令を粛々と進めるベイカーさんとは対照的に、サナは目を大きく見開いたまま立ち尽くしている。


「いつまでそのままでいる。軍師殿とこれからのことを話し合うぞ。参れ」

「そんな~、ご主人様~。嘘だって言ってください~。あんなのが軍師閣下なんて~」


 ビヨルンがスタスタと奥の部屋へ向かうと、サナは泣きながら後を追いかける。その後ろを歩いて行くと、まだ一度も入ったことのない部屋が目の前に飛び込んできた。


「ここは我が家で一番格式の高い部屋だ」

「なんで『ドラゴンの間』にアンタを入らせなきゃいけないのよ!」


 またまたサナが大暴れし始めた。私はヒョイヒョイと彼女が振りかざす拳をゲームのように避けた。


 そんな彼女を大人しくさせるべく、ビヨルンがサナの顎を掴み目の前で呟いた。


「サナ、いつもありがとう。感謝しておるぞ」


 必殺攻撃を喰らったかのように一瞬にしてふにゃふにゃになったサナはフラフラした足取りで椅子に座った。


「ご、ご主人様~」

 

 こんな状態で仕事になるのかと心配してしまうが、暴れないで済むからひと安心。ビヨルンも同じことを考えているようで、サナを無視して大きなテーブルに地図を広げた。


「これは貴重なフォスナン国と周辺国の地図。ジット家が代々調査し書き記している」

「ということは、デンガー国には……」

「持っていないだろう。私レベルの魔術師がいれば話は別だが」


 地図か……。


 医術ギルドの人や商人ギルドの人たちもこれほど精巧な地図は持っていなかった。とくに『死の森』の全容は誰も知らないが、思っているより小さい。驚きだ。


「我が国では『泥沼の森』、デンガー国では『死の森』と呼ばれているが意外と小さいのに気がつくはずだ」

「宮殿よりも小さいのでは?」

「そうだな。宮殿の周りを囲む森林を含めると小さい」


 宮殿は本当に広かったが、死の森は暗闇が無限に広がり地の果てまで続くような雰囲気だ。


 たとえ実際に足を踏み入れなくても、デンガー国に住んでいる人は全員そんな感覚を持っているだろう。


「地図を見ると驚きの連続です。広さを知らなければ、言い伝えもありますし絶対に森を通ってショートカットする考えは浮かばないでしょう」

「デンガー国から我が国に来る場合、どのルートを辿るだろうか?」


 ギルドの人たちの会話を思い出しながら地図をみていると、あるルートを思い出した。


「木々の生えていない『鳴き龍の山』を越えるのは厳しいルートですがフォスナン国の市の最短ルートとして知られています。平坦だけれど時間のかかる『テントスの川沿い』も商人ギルドの人たちがよく使っていました」


 すぐにでもフォスナン国に行きたい人は険しい山道、ゆっくり各地の市で商いをして移動したい人は平坦な道を選択していた。


「前者なら半日、後者なら数日と言うところだろう。『ドクロ谷』はどうだ。相当険しい地形だが宮殿からフォスナン国まで最短距離だ」

「『ドクロ谷』は『死の森』ほどではないですが忌み嫌われています。攻めるとなると、せっかちだというプリモス13世は山越えを選ぶはずです」

「せっかちか。その性格は国民にも知られているのか?」


 ビヨルンが珍しく興味を示してきた。


「私は酒場の娘なので、あちこちを旅している医術ギルドや商人ギルド、職人ギルドが立ち寄って来て王様の欠点を口にしていました。経済に疎く軍事に興味があると」

「なるほどな。それではフォスナン国のことは何と?」

「美男美女が多く自然豊かな国。金細工で有名で平和と……」


 母国の評判が良いと知って、まんざらでもないような表情をしている。意外と顔に出やすいタイプなのかもしれない。


「わ、わたし知っています!」


 デレデレしていたサナがいきなり覚醒した。


「医術ギルドのヨアキムさんが言ってました!」

「ヨアキムが?」


 いきなり知らない人の名前が出てきた。どうやらジット家の医術師のことを言っているようだ。


「デンガー国で治療している高名な医術師もすぐに治らないと王様が激怒して追放され、軍人が威張っているからそれを嫌がってみんな他の国に逃げているって」

「それは、最近の話か?」

「はい。ご主人様が宮殿から戻られる前に常備薬を持ってきてくれまして。その時に話していました」

「なるほど……。以前とは様子が違うということでか?」

「そのようです。威張りたがりのところがある王様だったけど、最近はさらに拍車がかかっていると」


 どんだけ短気なんだろうかと呆れて聞いていると、ビヨルンが急いで地図を片付け始めた。


「これは予定を早めて行動しないといかん」

「えぇ~、ご主人様、もうお出かけするんですか~。サナ寂しいです」


 半魚人ながら猫なで声でビヨルンに頼み込むが、彼は全く相手にしない。


「今回はお前も一緒だ」

「ぎゃ~! 嬉しい! どうしよう! 二人きりだなんて!」

「何を言って行っておる。お前はこの筒に入り必要な時に呼び出す」

「……え?」


 懐から出した細長い筒を取り出し、何やら呪文を唱えるとあっという間にサナが吸い込まれていった。


「イーナ、支度が整い次第フォスナン国を守るために旅立つぞ!」

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