第19話 助っ人集めへの旅立ち

「さすがベーカー。全て揃っている」


 公爵家に相応しい豪華な馬車に揺られながら、私の目の前に座るビヨルンはベーカーさんが準備した荷物を満足げに語っていた。


 本来ならば私が摘み、乾燥させるはずだったハーブまでカバンの中に入っている。あの畑はベーカーさんやサナには見えていなかったはず。


 一体誰がやったのだろう?


「ベーカーさんはハーブ畑の存在をご存知ないのでは?」

「そうだが」

「……。どうやってハーブが揃ったのか不思議です。ハーブ畑はの件は全て私が担当することになっていますが」

「心配無用だ」


 全く答えになっていない。


「サナや他のお屋敷の方が摘んだのでしょうか?」

「いいや。あの畑を知っているのは私とイーナのみ」

 

 だめだ、解決できそうにない。


「ですから……」

「分身の術だ。イーナの分身を百人作り作業させておいた」

「は? 百人?」

「まさか自分以外の分身を作れるとは思えなかったが、間に合ってよかった」

「私の分身を……。どうやってですか?」

「不思議なことに、イーナが選別し植えたハーブの葉を適当に一枚食したらできるようになった」


 魔術に使い、防御力を高めるハーブの力。色々な力を引き出すようだ。


「つまりもう一人の私がこの世に存在しているということですか?」

「そうだ」

「あの、会っていませんが?」

「当たり前だ。本人不在の時に使うものなのだから」

 

 私がいない間に私の代わりに働いてくれるということか。どのハーブを食べたのか気になるところだ。


「イーナ、お前の力は凄まじいものがある。私の魔術を越えるほどだ」


 森からの見事な脱出劇や不思議な杖を操る姿を目の当たりにしている身としては、ビヨルンの方が凄いとしか思えない。


「いえいえ、私はただハーブに合う炎の色などが見えるだけですし」

「そういうスキルを私は持ち合わせておらぬ。イーナのみのスキルだ」

「……」

「こうして外出していても、私の分身とイーナの分身、そしてサナの分身が屋敷にいる。分身がいることでベーカーも隠密行動を外に知られずに済むと喜んでいた」


 なるほど。外出している時にも私たちの分身が屋敷にいることになっているのか。


「ところで、ハーブの仕上がりは完璧ですか?」

「分身だからといってそのスキルが劣ることはない。百種類のハーブがある。これで魔術が最大限に引き出すことができる」


 そう言いながらビヨルンがラベンダー入りのクッキーを差し出してきた。


「サナにはあげないのですか?」

「不要だ」


 半魚人属にはハーブは不要、ということのようだ。


 それにしても旅と聞いていたから歩きや瞬間移動ばかりかと覚悟していたが、優雅に馬車に揺られての旅なのだから豪勢だ。


「フォスナン国に来てから、ほとんどゆっくり過ごしていないからな」

「……まぁ、そうですね」


 忙しくさせているのはそちらですが、と言い返したいところがぐっと我慢。とりあえず命を助けてくれたビヨルン、お世話になっているフォスナン国を守るため、気を引き締めなければ。


「よし、星の河原まできたな」


 従者が扉を開ける前にさっさと馬車から降りたビヨルンは、荷台の荷物を見つめながら呟いている。


「ドンガラセッソ アンラナ タン!」


 あれだけの大荷物が見る見るうちに小さくなっていく。そのうち小石と同じくらいの大きさになってしまった。


「旅には荷物がつきものだが、がさばるのは良くない」

「それにしても、小さすぎてどれがどれだか班別不可能かと……」

「心配無用。イーナ、これを見ろ」


 ビヨルンが荷物を一つ手のひらに乗せて見せてきた。


「……ポーション、と書いてあります」

「他の者が読めぬものを読める。私も読めない。それがイーナのスキル」

「はぁ……」


 なんと地味なスキルだろう。ビヨルンのように派手に杖から炎を出したり雲を自由自在に操る方がカッコいいのに……。


「スキルを見た目で判断してはダメだ。私も想像すらできぬスキルを持っているのだから」


 人の心を読むように、ビヨルンが説教をしてきた。それにしても、ここで荷物を降ろし馬車を帰らせるということは……。徒歩での旅のスタートになりそうだ。


 『星の河原』をキョロキョロ見渡すと、反対側の林の中から閃光のような赤い光が見えてきた。


「あの林の中から赤い光を放つ何かがあるようです」

「赤い光? あぁ、かすかに見えるな」


 ビヨルンもその方向を見て指をさす。どうやら私ほどではないようだが赤い光が見えているようだ。


「まだ言っていなかったが、この旅の目的の一つは我々の仲間、助っ人を探すことだ」

「仲間かつ助っ人を探す、ですか」

「先ほど食したラベンダー入りのクッキーは、その目的を達成させるために分身のイーナが作ったものだ」


 そう言われても私自身が作っていないので腑に落ちないが、たしかに粗く削った小麦とハーブの組み合わせで何か良いものが作れそうだ。


「ということは、あの赤い光のところにフォスナン国にとってプラスとなるモノがいると」

「そういうことになる」


 戦いのために仲間を増やすということなのだろうか。ビヨルン一人いればなんとかなりそうだけれど。攻撃部隊を増やしたいからモンスターを手なずけるのもいいかもしれない。


 それなら、モンスターと仲良くなるハーブを探さないと。う~ん、カモミールが良さそう。そこにアンゼリカを少量混ぜるとかなり仲良くなれる気がする。


「林に入る前に、こちらのハーブを使ったティーを飲む必要があります」


 ビヨルンに告げると、小石サイズの荷物からティーセットが飛び出してきた。川の水をポットに入れると、ポットが青白く光り瞬く間にお湯になった。


「魔術は本当に便利ですね」

「……。私は呪文を唱えていないが?」

「……えぇっ?」

「必要なものが全て容易に整う。これもイーナの新しいスキルのようだな」


 訓練もしないでこんなことができるのだろか。きっとビヨルンだってクールな顔をして陰ではすごい努力をしているに違いない。


「こんな簡単にできていいのでしょうか。おそらくビヨルン様も……」

「ビヨルンでよい」

「……しかし」


 私の動揺をよそに、涼しい顔でハーブティーを飲んでいるビヨルンは全く動ずることもなくキッパリ言った。 


「私がそう言っているのだから、ビヨルンで構わない。そもそも、婚約者に敬語など不必要」


 こうなると堂々巡りだ。意を決するしかない。


「ビ、ビヨルンも魔術を使いこなすのには相当な努力をしてきたのでしょうし」


 呼び捨てをしたことに猛反発をしているのか、ビヨルンの懐でサナが入っている筒が突然大暴れしている。


「サナ、落ち着きなさい。私の魔術に関してだが、ジット家に代々受け継がれているため苦労せずに使える。ただ、呪文に関しては父からレクチャーを受け、書物を読んで知識を深めた。ただそれだけのことだ」

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