第20話 頭痛持ちのドラゴン治療

「キー。アンタ気安く呼び捨てしてんじゃないのよ!」


 川を渡るため、ビヨルンの術で半魚人であるサナは船に変身させられた。私が「サナ号」に乗り込むと、サナはわざと大きく揺らしながら叫んだ。


「落ち着きなさい、サナ」

「だって、だって~。ご主人様~、サナは凄く寂しいです。ぐすん」

「サナが暴れてしまうと、私も川に落ちてしまうぞ」

「そ、それは困ります~」


 サナ号はしぶしぶ進み始めた。呼び捨てをして欲しいと言われても、言うたびにサナから騒がれたら面倒だ。とはいえ、命の恩人でもあるビヨルンからの命令なら従うしかない。


「ビ、ビヨルンあの林から……。ギャ!」


 呼び捨てした途端、私が座る場所に穴が開いた。サナの仕業なのは明白だが、なぜか水は弾かれた。


「チッ、また変な技を使ったのね!」


これまで少し大人しくしていたが、少しは言い返した方がよさそうだ。


「わ、技なんて何も使っていませんから!」

「あ~あ、これだから特別なスキルを持つ女は嫌なのよ!」

「特別なスキルなんて持っていると思っていませんので」

「ムキー。自分は大したことないと言っている女と仲良くなるつもりなんてないからね!」


 ビヨルンは私とサナの会話を聞きながら静かに笑いだした。


「サナの嫌がらせはイーナに通用せんぞ。諦めた方がいい」

「嫌がらせなんて。そんなつもりは一切ありません!」


 白々しいことを言っているが、不思議なことに怒る気も起きない。ある意味、裏表がないからなのかもしれない。


「もう少しです。どんどん光が強くなっています」

「よし、ゆっくり林に近づいてくれ。サナ、船から階段に変身しておくれ」

「かしこまりました!」


 ビヨルンからの命令は何でも素直に聞いている。私が指示したら烈火のごとく怒るのだろう。そんな場面が訪れないことを祈るしかない。


 サナの階段を上っていくと、林の中で光り続ける場所へ向かった。


「すんごいギザギザの葉っぱが足にあたって痛いです、ご主人様!」

「あぁ、血が出ているな」

「……血?」


 サナのふくらはぎから血が出ている。荒れ地を歩くのに丈の短いスカートを履く理由が分からないが、出血にビビっている彼女を放っておけない。


「ヤロウ、ヤロウを刷り込ませましょう」


 私が『ヤロウ』と叫ぶとボンとヤロウが私の手のひらから飛び出してきた。もう驚いている暇はない。サナの治療を急がないといけない。


「ギャー。死ぬ。ギャー。死ぬ」

「仕方がない……。ドンバラバラドンバラバラ」


 ビヨルンの呪文のおかげなのか、サナが暴れなくなった。よし、ヤロウを傷口に刷り込ませ布でグルグル巻いた。これで止血するはずだ。


「バラバラドンバラバラドン!」

「ギャー、ご主人様。足痛い! ……足痛い? あれ、痛くない」


 サナはピョンピョン跳ねながらビヨルンに飛びついている。またそんなことをしたら葉っぱで怪我するのに……。


「イーナの治療で脚全体が保護されたようだ」

「あら、たまにはいい仕事なさるのね」


 グサりとくる言い方だが、敬語で話しかけるということは感謝しているということなのだろう。


「それでは先へ進みましょう」


 光はドンドン強くなってくる。眩しすぎる。


「あの辺りではないか? ぼんやりとした赤い光の塊が見える」

「私には全然見えません~」

「そうです。ものすごい眩しくて……。ビヨルン、先導をお願いします」

「分かった」


 ビヨルンの後を何とか付いていくと、周囲を覆いつくすような光の場所に辿り着いた。ここに私たちにとって必要な『仲間』がいるはずだ。


「この場所に、おそらく仲間がいます」


 探知能力を高めるのは、胃痛止めのポーションとサフランを混ぜて飲む。心の中で念じると、手のひらに飛び出してくる……。よし、きた!


 美味しくなさそうだけど、飲むしかない。ゴク、ゴク、ゴク……。


「杖で紫の大きな炎をこの赤茶色の石にむけて!」


 敬語無しで思わず口から言葉が出た。どうやら『仲間』は大きな問題を抱えているようだ。すぐに対面しなくてはいけない。


「よし、紫の炎だな」


 えいっと杖から出た紫の炎が石を包み込む。何の変化もないが、この石で間違いない。少しずつ石が大きくなっているのだから。


「ちょっと、どんどん大きくなっていてすんごく怖いんですけど! アンタ、どんな仲間が出てくるの分かっているの?」

「サナさん、『仲間』は『仲間』なので問題ないのでは?」

「生意気な言い方して! すんごい美人が飛び出して来たらどうするつもりなの?」

「仲間ならいいのでは?」

「ムキー! ライバルが増えるだけでちっとも面白くない!」


 何が出てくるのか分からないことにサナは怒っているが、仲間ならウエルカムだ。


 どんどん大きくなる石が突然揺れ始めた


 ドドドドドド!! ドーン!


 物凄い大きな音を響かせ、何かが飛び出してきた。恐る恐る目を開くとそこには大きなドラゴンが頭を抱えて寝ころんでいた。


「ギャース、ギャース、痛いっす!」


 痛い? 頭が痛いようだ。


「ドラゴン? 良かった、美女じゃなくて!」

「頭が痛いようだが、大丈夫か?」

「痛い、痛いっす!」


 ドラゴンに聞くポーション、ポーション。どうもシンプルに蒸留水とラベンダーが良さそうだ。


「痛いのね。少し良くなるようにこれを飲んで」

「ギャース、ギャース。良い人、良い人」


 ゆっくり頭痛で苦しむドラゴンにラベンダーを入れた蒸留水を飲ませると、落ち着きを取り戻し眠りに落ちてしまった。


「ご主人様。こんなのが仲間なのですか?」

「ずっと石に閉じ込められていたドラゴンだ。頼りなさげに見えるが、我々よりも経験値が豊富だ」


 ビヨルンが何気にサナをたしなめている。


 何年も、何百年も、もしかしたら何千年も頭痛に悩まされていたのかもしれない。安心して眠ってしまったのだろう。


「どうしましょう。サイズを小さくして連れて行きますか?」

「それも出来るが、寝ていてもドラゴンの思考にアクセスすることは可能だ。力を合わせるぞ」

「……どうやって?」

「イーナ、分かるはずだ」


 ドラゴンの思考にアクセス……。


「私が強く念じ、ビヨルンがドラゴンに向かって緑の光を杖から出す。そうすると何かが起きそうです」


 杖から緑の光を当て、私が強くドラゴンの思考にアクセスしようと念じていると、突然大きな声が早しの中に響いた。


「我が名はムーンガラージャ。自然を守る精霊ドラゴンの王の末裔の姫。平和が取り戻された時代、祈りを捧げるため千年の眠りに自らついた。我が目を覚める時、すなわち災いが近づく証でもある。そなたたち、我を起こさせる気なのだな?」

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