第21話 使えなさそうなゴブリンは超有能な秘書

「ご主人様、どうしますか? このドラゴンを起こしたら災いが起きるんですよ!」

「もう災いが起きるるのは避けられぬ。それならば、起こすのも仕方がないことだろう」

「で、でもですよ。そのまま知らないふりして起こさなければ変なことは起きないのでは?」


 ドラゴンの意思を聞いたサナは怯えて体を震わせている。なんとかしてもらおうとビヨルンに泣きつくが、そんなことを素直に聞き入れる彼ではない。


「サナ、残念だが災いは避けられそうにない。邪悪な念は日増しに大きくなっているのだから……」

「そんなぁ~」


 ドラゴンの迫力ある言葉にサナは動揺している。仕方がないことだ。フォスナン国の人たちは誰も争いなど願っていない。


「しばらく眠らせるため、ミニチュアサイズにして袋に入れておきましょう」

「そうだな。三日三晩は寝ているだろう」


 林の中で必要な仲間を見つけることができた。とりあえず川に戻って再びサナ号に乗るべきなのに、なぜかこのまま林を歩き続けたい気持ちが強い。


「川に戻るよりも先を進んだ方が良いかと」

「私もそれを感じていた。かすかに、甘い匂いがしてくる」


 ビヨルンの指摘通り、奥からフローラル系の匂いが漂ってくる。


「匂いに敏感なサナ、道案内を頼む」

「はい、ご主人様! 喜んで」


 頼まれたサナは上機嫌で獣道をガンガン進んでいった。ギザギザの葉っぱで怪我をしてギャーギャー騒いだ人とは別人のようだ。


 というよりも、葉が勝手に私たちを避けるように両側に倒れ、通り過ぎた後はもとに戻っている。これもハーブの効果なのだろう。サナはそんなことも気づかれずにどんどん先を行く。


「こっちからですね、うん、確実に匂いが強くなっていますよ!」


 たどり着いた場所は短い丈の草しか生えておらず、切り株がいくつかある。「誰かが住んでいそうな森の中」という雰囲気が漂っていた。


「うぬ」


 ゆっくりとビヨルンが杖を振りかざすと、切り株から声が聞こえてくる。


「ウヒヒ、見つかったでござるか」


 ゴブリンがぴょこんと頭を掻きながら出てきた。


「こんなところにいたのか……。ベーカーが心配していた。たまには便りでも送りなさい」

「すんませんの、旦那様」


 サナが目を丸くしている。知り合いなのだろうか?


「爺様! グリンボ爺様!」


 サナが駆け寄りグリンボというゴブリンに抱きついた。抱くよりも体を絞めているようにしか見えない。


「ぐ、ぐるじい……でござる」

「あらら、大丈夫ですか爺様?」

「だ、大丈夫でござる。おっとそれより、そちらのお美しいお嬢さんは?」

「ムキー! 爺様まで!」


 サナがまた暴れだしたが、グリンボが指先をサナに向けると大人しくなった。彼も魔術師の類なのだろうか。


「グリンボさん、はじめまして。私はイーナ・モルセンと申します」

「グリンボ、久しぶりだな。彼女は私のフィアンセでありフォスナン国の軍師である」

「ウヒヒ、ビヨルン様に相応しいハイスペックなお嬢様ですな。おっと、軍師閣下に失礼なお言葉ですな」


 切り株の上で敬礼されて何だか気恥ずかしいが、それにしても彼は一体何者なのだろうか。


「軍師閣下、我が名はグリンボ。代々ジット家の執事を育てる秘書でござる」

「執事?」

「左様で。ベーカーも私が鍛えたでござす。それで、ビヨルン様がわざわざお出向きとは。どんなご用件で?」

「金貨20枚で仕事をお願いしたい」


 金貨20枚? ものすごい大金。ジット家のお屋敷丸ごと購入できそうな大金だ。


「……悪くないでござる。あとは内容次第ですな」


 この条件でも動かないこともあるのか。どれだけがめついのだろうか。


「デンガー国へとつながる『ドクロ谷』の岩に小さな穴をあけてくれるように頼んで欲しい」

「……小さな穴だけでござるか? それだけで金貨20枚とは、何か裏がありそうでござるな……」


 ビヨルンが『頼んで欲しい』と口にしたのが気になる。岩に穴を掘るのはグリンボではないということか。


「端的に言おう。デンガー国が我が国を侵略しようと動き始めた」

 

 ビヨルンの言葉にグリンボが大きく反応した。


「なんですと! 私がのんびりと余生を暮らしている間にそんな大それたことを。あぁ、でもあのバカ国王なら考えるでござる。フォスナン国には主席魔術師、軍師、強力な軍隊の存在は徹底的に隠され、平和な国と勘違いしているでござるな!!」


 グリンボは怒りに満ちた声で叫んだ。どうもデンガー国のことにも通じているようだ。


「彼らは簡単に我が国を攻略できると思い込んでいる。谷に無数にある岩を使い、ダメージを与える計画だ。それをグリンボの仲間たちに手伝ってもらいたい」


 あちこちを自由自在に飛び回るビヨルンは地理に強い。それに比べてわたしは『死の谷』は耳にしたことがあるが、実際に目にしたことはない。


 岩がゴロゴロしているとなると、ビヨルンの魔術で相手に投げつければ容易に戦力ダウンできる。それなのに穴を開けるとは?


「しかし、その穴に何を仕込むかはイーナ、決めて欲しい。どういう風に敵に損害を与えるか、どうすればフォスナン国を完璧に守れるかを」


 これは私の軍師としての初陣になるわけだ。それにしても、穴をあける指示だけで金貨20枚なんてビヨルンは何を考えているのだろう。


「穴をあけることなんて軽い軽い。銀貨1枚でも谷にいるあいつらは喜んで飛びつきますぜ。金貨20枚じゃ逆に怪しむでござる……」

「もちろん、それ以外の仕事も頼む予定だ。軍師イーナだったらゴブリン達に何を頼む?」


 ビヨルンからの問いかけに正解はないが、いかに相手に大ダメージを与えられるか考えてみた。


「そうですね……。谷を進軍する前に馬が歩く、走りにくい道にする。例えば、暗いうちから松脂みたいにベトベトするものを道に置いておく。あとは、夜に馬をおびき寄せてフォスナン国が奪うのもいいかと。デンガー国の馬は良質です。飼育し繁殖すれば一大産業になるはずです」


 パッと思いつくことを口にするとグリンボが切り株の上で小躍りをした。


「軍師様、さすがでござる。馬を惑わすのはお手のもの。馬がなければ戦いも出来ぬでござる。それでも金貨20枚の対価にしてはたやすい」


 それならば、裏方作業ばかりではなく実際に戦に出てもらうのはどうだろうか?


「それでは、毒やしびれ薬がしみ込ませた弓矢を使って遠くから敵を攻撃することは?」

「ウヒヒ。それはムリな話で」

「ムリ?」


 しびれのハーブを作り矢にしみこませて攻撃すればかなりのダメージを与えられるはずだ。弓が苦手なのだろうか……。


「イーナ、彼らは直に戦うのが禁じられている種族なのだ。いつの時代も裏方作業をしている」

「ウヒヒ、左様で軍師様……」


 なるほど、ゴブリン達は交戦は禁止られているのか。それなら裏方に徹してもらって相手にダメージを考えないと。でも、直に戦うのが禁止されているわけだからワンクッションおいたらOKということか……。


「それならさっき拾ったドラゴンに指示を出して『死の谷』で相手を一網打尽してくれませんか?」


「……ドラゴンでござるか? それは面白そうですな!」

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