第22話 デンガー国では~サンターレ家の食糧事情~

「どうして軍師の娘がこんな食事を食べなきゃいけないのよ!? あなたたちどうかしていない?」


 出された昼食を前に私の怒りは頂点に達する。


 特別な階級の身分になったというのに、目の前にはウズラのゆで卵とごくごく薄く切ったパンの一切れしかない。


「手を尽くしましたが、ご希望の食材を見つけ出すことができず……」

「王宮からの支給は明後日の為、そこまでパンが持つようにこころがけましたので」


 信じられないようなことを言い出す女給たちを睨みつけると、誰も私に反論できない。どうせ仕事を怠けているのよ。

 

 せっかくの豪邸に越してきたというのにパスタの量も極端に少ないしパンも出てもこんな薄っぺらいの。豪華なテーブルの上に広がる食事は近衛隊長時代よりも貧相だわ。


 本当ならザクロジューズを片手に優雅にディナーを愉しむはずなのに! 軍師様の家でここまで食事の内容が粗末なんて信じられない。


「はい、お嬢様……。街だけでなく王宮からも小麦の袋が次々と消えているという噂がありまして」


 入ったばかりの女給たちがおずおずと申し出てくる。そんな話を誰が信じられる? 能天気な人達ね。きっと街では泥棒が暗躍しているのよ。


「あなたたち、そんな話を真に受けているの? あと少しでお見合いも兼ねたパーティーがあるのに、栄養が不足していると肌の色つやにかかわってくるでしょう?」

「……」

「ねぇ、聞いている? 何とかして食料を確保しないさ。さもなければお父様に言ってクビにするから!」


 オドオドした表情で女給たちは頭を下げてその場を去っていく。


 本当に分からずやばかりで困っちゃう。軍師の娘が良いお見合い相手を見つければ、自分たちの待遇だって良くなるのに、そんな未来まで見通せないのかしら?


 それにしても、こんなに急速に小麦がなくなるなんて……。デンガー国は肥沃な土地で凶作とは無縁。たっぷり蓄えはあったはずなのにって、お父様も口にしていたわ。


 この一週間で街の店は次々に閉店し、市も急速に廃れている。なにか変わったことといえば……。そうね、イーナが死の森に置いてけぼりにされたくらい。でも、そんなことと関係ないわよね。


 モルセン一家が急に姿を消したことを噂にしている古株の女給たちは全員クビにしたわ。お父様と私を蔑むような視線。罪人みたいな目で見るんだもの。


 結果的に「軍師の下で働く女給」という機会を自分達から捨てたのよね。軍師様やその娘を敵に回したも同然だから。


 彼女たちも路頭に迷っているかもしれないけど、それは自業自得。あんな一家のことなんて過去のこと。お父様と私は明るい未来へまっしぐらよ。


 それにしても今はお腹いっぱい豪勢な料理を食べたいわ!


 本当にお腹がすいて仕方がない。私たちは王宮からパンが支給されているからまだましだけど、どんどん貧相になっていく。本当なら子羊のソテーも食べたいのに!


「お、恐れながらダナお嬢様……」


 新入りの女給の中でも一番年の若い娘が頭を下げてやって来た。何か用かしら?


「医術ギルト、とくに薬術に長けている者のポーションは如何でしょうか」

「ポーション?」

「はい、空腹がたちどころに消えるポーションを売っている者が歩いておりましたので」

 

 熱を下げるポーション。胃痛に効くポーション、そして美容に特化したポーションと色々あるけれど『空腹に効く』というのは初めて耳にする。


「本当に? でも、効くのかしら」

「はい、私も購入し飲んだところ、すぐに満腹になりまして……」

 

 女給の言っていることは本当みたいだけど、『腹いっぱいになるポーション』なんて聞いたことない。もしかしたら、ポーションを売るために小麦粉を盗んでいるんじゃないのかしら?

 

「で、医術師と言うか薬術師はどこにいるの?」

「市です」


 この娘、何を言い出しているのかしら? この数日、人もまばらな市で店を出すな者なんて見てないわ。


「でも、市には商人も職人も姿を現していないでしょう? 商売相手がいなきゃ売り上げも期待できない。そんな市にくるなんて変な話」

「……二日前の昼間に小麦を探しに市に出かけましたところ一人の薬術師がどこからともなく現れまして……」


 活気のない市に薬術師が本当に来るのかしら? やっぱりとっても怪しい。


「本物の薬術師なの?」

「デンガー国の食糧事情を耳にし、空腹を和らげるポーションを売りに来たと」


 胡散臭い。どう考えても怪しいの。でも、この新入りの女給の肌つやはかなり良いわ。買ってみて効果が出たというわけか……。


「値段は?」

「小銅貨1枚で一瓶。それで一カ月は持つとのことでした」


 効果を考えたらあり得ないほど安価。イーナの両親の店にも儲け度外視のボランティア精神旺盛な医術師とか薬術師が出入りしていたわね。

 

 ちょっと彼ら彼女たちが理解できなかったけど、こういう時は使い勝手のいい存在。


 それにお仕えする軍師の娘に嘘なんて言ったら大事。若い女給の話は本当でしょうね。


「……まだいるかしら?」

「馬の世話をする下男が先ほど購入したと口にしておりました」


 それならば、善は急げっだわ! 


 市にいるならすぐにでも薬術師を見つけ出し、貴族階級にポーションを配れば大手柄でお父様も喜んで下さるはず。それに、国内の変わりようを心配なさっている国王陛下からもお褒めの言葉をもらえるかもしれない。


 素晴らしい心を持ったお嬢様だと評判もうなぎ登りになり、王族との結婚も夢ではないかも! 


「私、ちょっと行ってくるから!」

「お、お嬢様! おひとりでは危ないです。お付きの者を手配いたしますので」

「そう? それなら早くして!」


 女給は慌てた様子で、ついさっきポーションを購入したという下男と門番を連れてきた。


「ダナお嬢様、こちらが購入したばかりの者です。私と同じように小銅貨で一瓶購入したと」

「お嬢様、あっしが道案内いたしますので。砂埃が舞っているので、頭巾ですっぽり頭を隠してくだせい」

「そう。よろしくね」


 愛馬に乗っていざ出発! 


 それにしても、太陽も雲に霞んで昼間なのに暗い日が続いているわ。


 気温もやけに低いし昼だか夜だか分からなくなっている。やっぱり変よね、最近のデンガー国……。

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