第23話 デンガー国でのこと~王宮での不穏な動き~

「サンターレ様。いかがいたしましょうか?」


 王宮での会議を終えた後、新しく配属された直属の部下であるローメ・キャロンが伺い立てしてきた。


 大きな運搬業を営む富裕層出身だが平民の子。しかし武術や乗馬の才能がありデンガー国では前例がないほどの出世をしているという評判は以前から耳にしていた。


 普通であれば平民から軍師直属の部下などの立身出世は不可能だが、彼は誰の目から見ても生まれながらにした軍人だ。兵士から騎士、騎士団長そして軍師直属の大隊長へ出世した。


 軍部は実力主義的な世界でもあるがやはり階級がものを言う。


 ローメは嫉妬が渦巻き陰謀策略の対象になりそうだが、裏表がなく腕の立つ彼はそういったものを寄せ付けぬ極めて稀な存在だ。


 なるほど、たくましい体に精悍な顔つき。平民出身者でなければダナの夫に迎え入れても良いほどの好青年である。フォスナン国への侵攻の時には大いに活躍してくれるだろう。


「王宮で小麦粉などが消えているという話には困った。昼夜問わず倉庫に見張りを立てているというのに消える。やはり内部の犯行か?」

「一部では魔術師では、という噂もありますが……」

「バカな。王宮にはすでにその部隊は解散されてから十年以上経つ。我が国にいた魔術師達は仕事を求め近隣国へ散らばったはずだ」


 魔法使いや魔術師の類は近隣諸国では重宝されているようだが、このデンガー国では現実主義者のプリモス13世の治世になってから重用されなくなって久しい。


 国王陛下は戦を好み勇ましく馬に乗り狩りに出るのを趣味としている。良馬産出国のトップとして内外に印象づけたいとお考えだ。裏でコソコソと動く魔術師と相いれないのは仕方がないこと。


 ただ、表向きは「魔術師がいなくても国は成り立つ」ということになっているが、メデュー王妃の命を縮める術をかけるよう命令を受けるも魔術師達は拒み、王によって死の森へ追放された、という話が真実に近いようだ。


 そして、死の森へと追放された魔術師は誰一人として脱出できなかったとも言われている。それでもこの十年、平穏な日々が続き、魔術師がいなくとも国は成り立つということは証明された。


 ここ最近は妙な事件が立て続けに起きてるが、偶然なのだろう。


「とにかく、誰が穀物を盗んでいるかだ。これから戦へと動き出そうとしている時。食糧が枯渇していれば侵略計画も頓挫する」


 私の言葉を聞き終わると、ローメは立ち止まって力説し始めた。


「見張りの兵士は国王陛下に忠実にお守りしてきている選りすぐりの人材ばかり。絶対に怪しい者を見過ごすことはありません。その中で穀物が消えるという事態が続いているわけです。サンターレ様、やはり不可思議なことが起きていると考えた方がよろしいのではないでしょうか。または、計画自体の取り止めも視野に入れるべきかと……」


 ローメの言いたいことはよく分かる。絶対に命令に背かない兵士たちが見回りをし警備をしているにも関わらず穀物の袋が消えているのだ。


 そもそも、穀物の袋は大きい。何人も集まって作業をする必要がある。それを誰にも気づかれずに動かすのは不可能に近い。


 だから魔術で盗まれていると人々が口にするのも分かる。しかし、これが外に漏れ出てあちこちで話が広まれば由々しき事態だ。国王陛下ならびに軍の信用失墜につながる。


 現状を打破し、噂話を立ち消すには犯人を見つけ出すしか道はない。


「だがローメ、万が一にでも魔術の仕業で消えているのであれば、デンガー国を陥れる目的はなんだ? 陛下は穀物が減少しているだけでお考えを撤回することはないだろう」


 隣国が羨むほど肥沃な土地に囲まれた我が国は凶作など無縁だ。穀物はたっぷりあり、近隣国へ輸出し一大産業としている。つまりは穀物が次々になくなるのは国の存亡にかかわる事態だ。


「……これは完全なる個人的な考えです。ただのうわ言だと思って聞いていただければ幸いです。何かの拍子で結界が崩れたのでは」

「結界?」

「誰かが陥れようとしているのではなく、魔術師の類が作る結界が崩れてバランスが保たれなくなっていると……」


 今のデンガー国の軍では耳にする機会が少ないが、私が若い頃から長老たちの話にはたびたび出てきた「結界」という言葉。


 戦いには軍師と魔術師の二人で臨むことが求められ、敵の侵入を防ぐために魔術師が結界を張り、周囲に潜む精霊たちの力を借りる。そんな話を若い頃から聞かされてきた。


 長老の人たちにとって魔術師は身近な存在であり恐怖と尊敬が入り混じる存在のようだった。


 そもそも、魔術師は見た目が街を行き交う人々と変わらないという。


 もしかしたら私もどこかですれ違ったことがあるかもしれない。他国でも命が狙われるから決して正体を明かすことがないとのことだ。


 しかし、私は実生活で「結界」というものに出会ったことがない。


 全ていにしえの話だ。年寄りから優れていたと聞いてきたが、しょせんは噂話の域は出ない。そんなのを信じるとはやはり浅はかな平民出身だな。


「魔術師がこの国から表舞台を去ってから十年以上は経っている。まだ若いからローメ、君も見たことはないだろう。しかし、生まれてからずっとこの国で生きている私でさえも魔術師や結界などを見たことは一度もない。遠い遠い昔の話だと思うが?」


 私の冷静な物言いに反論することを諦め、ローメは口を一文字に引き締め黙りこくってしまった。まぁいい、これくらいのことは大目に見てやろう。誰にでも若い頃は失敗を経験するものだ。


「とにかく噂話と言うのは目の前の事実を歪曲させてしまう。穀物を盗んでいる犯人を捕まえるしかない。そうしないことには国王陛下も安心して夜も眠れないであろう」


 私の話にローメは静かに頷く。軍師として威厳のある態度をし、現実と向き合い部下に指示する。それが今、私に求められる職務だ。


「私も見張りとして王宮をお守りしたいのですが。少しでも原因究明に貢献できればと」


 ローメが強い口調で進言してきた。若いと功名を立てたく色々と派手な行動にでたりもするが彼からはそういう気迫を感じたことは一切ない。


 心の底から国王陛下を守りたいと考えているのだろう。こういう部下を持つのは良きことだ。野心がない分、私としても安心して仕事を任せられる。


「そうだな、私からもお願いする。武術に優れたローメが加われば心強い。係の者に依頼しておく。決まり次第、使いの者を出すが今日明日入るかもしれぬから準備はぬかるな」

「承知いたしました!」


 元気の良い返事をし、ローメは軍の宿舎へと戻って行った。

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