第10話 デンガー国では~軍師サンターレの栄光~

「それではサンターレ閣下、失礼いたします」


 国王陛下の使いの者が敬礼をし去っていく。つい最近まで近衛隊長だった私がこのような扱いを受けるなど誰が想像していただろうか。


 私はデンガー国の軍師サンターレ。たった今、フォスナン国攻略の全権指揮を任されたばかりだ。


 なにかと階級の縛りが強いこの国で、準貴族という名ばかりの底辺貴族が軍師の地位に上り詰めるのは不可能だった。しかし、この慣習を実力で破り地位を得たのも愛する娘ダナのおかげだ。


 ダナが親友であるイーナ・モルセンの攻略ノートを借り、それをそのままボードゲームで使ったところ百戦百勝。面白いように勝ち続けた。それまでボードゲームにからきし弱かった私をバカにしていた皆がひれ伏した。


 噂は瞬く間にプリモス13世に届き、軍師と対決し圧勝。


 威厳あふれる国王陛下から『そちを軍師に任ずる』と仰られた瞬間、我がサンターレ家に栄光が降り注いだのだ!


 自分たちの頭脳を全く利用しようともせぬ愚かなモルセン家を少し利用しただけのこと。本当に間抜けな奴らだ。とくに娘のイーナの美貌を使えば良家との縁談も期待できたはず。


 チェスやダイスゲームを使えば、いくらでも酒場経営の身から有力貴族に近づけるチャンスがあったのに。自分達からみすみす逃していたのだから自業自得だ。


 それに近衛隊長時代の上司からもダナの友だちと自分の息子を結婚させたいなど頼み込まれて、苦々しい思いをずっとしてきた。


 準貴族である我が娘ダナとの縁談を誰も申し込んでこなかったのか……。なぜ、平民のモルセンの娘に夢中になるのだ!


 まぁいい。無礼な奴、進言してくる奴らは全て辺境の地へと追いやった。忌み嫌われる『ドクロ谷』へ配置してやったのだ。今頃反省してももう遅い。


 そして、モルセン一家は二度とデンガー国に入れぬようにし、私が攻略本を駆使したという証拠隠滅をした。


 私には歯向かうものなどいないのは気楽でよい。国王陛下という強力な後ろ盾もある。軍師となった今、報酬もたっぷりと増えた。


 さて、立場に相応しい服装をしなければならぬが、どういうわけか仕立て屋がいなくなっていたとダナが言っていたな。どういうことなのだろうか?


「ダナ、聞きたいことがあるのだが!」

「はい! お父様」


 甲高い声を上げてダナが部屋に入ってくる。軍師の娘と言う肩書を得て、あちこちから見合いの話が届く。愛くるしい娘に相応しい婿を探さなければならぬな。そして、軍師の娘らしい服や宝石も買ってあげなければ。


「仕立て屋が突然店を閉じたのか?」

「そうなんです、お父様! この一週間で色々なお店が店を閉じ、商人たちも姿を見せませんの。せっかくお父様が軍師になったのに、新しいドレスを新調することも出来ないのです」


 一週間で私の身の回りも激変し、街のことなど気にもしなかったがダナが言うのだから本当だろう。 


「私も軍師としてキッチリとした身なりをしなければな。しかし、あの仕立て屋は代々あそこに店を構えていたのだが……。旅に出かけたのか?」

「いいえ、違う場所に店を出すと誰にも気づかれずに出て行ったそうですわ」

「違う場所? 誰も見てないとは夜中に出て行ったのか」


 夜逃げか? いや、それはあるまい。兵士や貴族階級の服装も担当していたくらいだ。


 それにしても職人や商人、医術師が次々と行先を告げずに去っていくとは……。これは部下に調べさせるしかないようだ。


「店主が老人であればそう遠くはいけまい。街の市で一番の年寄りは誰だろうか」

「きっと、あの古ぼけたパン屋よ」

「あぁ、あそこか。一度も口にしたことはないがな」


 国王陛下から頂いた黒馬に乗り街を進む心地よさとはないな。私こそが軍師サンターレだ。 


「あそこがパン屋だけど……。なんだか閑散としているわ」


 店を開けた途端に客がひっきりなしにやって来るパン屋の前には人もいなければ、店から客が出てくる様子もない。


 近づくと、なにやら紙が貼られていた。


『長きにわたりご愛顧いただきありがとうございます。このたび閉店することにいたしました』


「まさか、閉店とは……」

「お父様、他の店も同じように閉じていますわよ。ちょっと変ですわ」


 ダナの言うとおりだ。何かがおかしい。軍師任命などで忙しくして全く気がつかなかったが、この十日間でこんなに街が変わるものなのだろうか?


「パン屋までなくなるとは。市に人が集まらないからか……」

「ねぇお父様。新しいパン職人を街に読んでみるのはどうかしら?」

「おぉ、それは素晴らしいアイデアだ。早速宮殿に使者を使わせて進言することにしよう」

「楽しみ!」


 しかし、繁盛していたパン屋までも店を閉じるとは。やはりおかしい。貴族階級では異変は無いが、平民階級の間では何かが起きているのだろうか。


 誰かに話を聞きたいところだが、平民と軽々しく話をするのはためらわれる。何と言っても、私はデンガー国の軍師だ。威厳ある雰囲気を醸し出さねばならぬ。


「お父様、あそこでロバに荷物を載せている商人がいるから話を聞いてきますわ」


 なんという父親思いの子だろう。自分から率先して街の変わりようを探ろうとしておる。


「ちょっとよろしいかしら」


 ダナが古びた金具を布に包んで店じまいしている商人の方へ優雅に白馬を操りながら近づいていく。店が立ち並ぶこの通りで、目に入る範囲で商いをしているのは彼ぐらいだ。 


 それにしても急速に市や店から活気が失われている。陛下が心配なさるのも無理はない。これでは立て直しのためにフォスナン国を我が国のものにし富を得るしか道はなさそうだ。


 どうすればフォスナン国を攻略できるか。それを考えるのも私の大きな任務だ。軍隊が強いという噂も聞かぬ。そもそも、軍隊が編成されているのだろうか?


 おそらく平和すぎて戦に対して無防備なのだろう。チェスの攻略と同じように考えていけば容易にフォスナン国を手に入れられるはずだ。


 国王陛下からの信任をますます得て、ダナの出産の時に妻を亡くして以来、独り身を貫いていたが美しいフォスナン国の貴族階級の女性を娶ることもできる。


 今までの名ばかり貴族として苦しみぬいた日々が嘘のようだ。ダナをフォスナン国の上級貴族の子息との結婚も夢ではない。


 短期間で名をあげ軍師として権力を得た我が身の栄光がこれからも続くかと思うとこれからの戦が楽しみでならぬな! 

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