第13話 なぜかポーションが作れました
「なるほど。落ち着いたら婚礼を! その時は盛大に行おうではないか!」
「なんて良いことなのでしょう。ビヨルンが年頃のお嬢さんを連れてくるなんて余程のことだとは思っていましたが」
「これまで数々の見合い話を拒否され、ジット家のベーカーも困惑しておったが良これでひと安心じゃな」
労働作業をさせられ、仮眠する間もなく夕食会がスタートし美味しそうなフルコースに見とれている間に、ビヨルンと両陛下がまたもやトンデモナイ話を始めた。
「両陛下。お言葉ですが私もイーナも質素に、静かに過ごしたいと思っておりますので」
「しかし、代々盛大な婚礼を行うのが習わしのジット家だぞ。せっかくの婚礼に私とエミールが顔を出しては困ると?」
「恐れながら、今までが必要以上に派手だったと思っております」
言葉使いは丁寧だが、ビヨルンはずけずけと国王夫妻に物申している。ずっとこのスタンスで生きてきたのだろう。
「お忍びならよろしいかしら。変装をして婚礼に参加してみるのも楽しいですわよ、陛下」
「それもそうじゃの、エミール」
どんどんおかしな方向に話が進んでいる……。
「ゴホン。失礼ながら私イーナ・モルセンは、主席魔……」
「イーナ、言い忘れていたがジット家は公爵家だ」
「こ、公爵?」
魔術師の家系だけでなく、フォスナン国の公爵家! 公爵家の跡継ぎと婚礼?
いやいや、それじゃ上級貴族のご令嬢からのアプローチや縁談話がワンサカ届いているはずだ……。
隣のデンガー国を追放された平民の私と婚礼を挙げたなんてバレたら、平和そうなフォスナン国でも居場所がなくなってしまう。
ここは潔く姿を消した方が良さそうだ。けれど、相手は主席魔術師。ビヨルンの魔術をかいくぐるのは不可能だ……。
固まっている私をよそに、三人は話を進めていく。『いつ頃式を挙げるか』『誰まで招待するか』などなど。
邪悪な動きがあり八十種類のハーブを使って宮殿の敷地内の守護能力を高めたというのに、婚礼の話で盛り上がるとは。
「それでは両陛下婚礼は全てが終わり、フォスナン国の平和を守ってからにいたします。今は先方の動きを探る方が重要です」
「そうだなビヨルン。つい浮かれてしまった」
「晴れの日を無事に迎えられるようにいたしましょう」
ようやく本題に戻ったが、美味しい料理を前にしても私の心は晴れぬまま。
「イーナ、料理が口に合わないのですか?」
浮かない顔をしている私に気を使ってエミール王妃が声をかけてきてくださった。本当に女神のようなお方だ。
お祝いモード全開の中で『ビヨルンが勝手に進めている婚礼で悩んでいる』と恐れ多くも口に出来ない。
「いいえ……。公爵様と婚礼をすることで様々な問題が生じるのではないかと危惧しておりまして」
「一体何を?」
「得体のしれない娘が彼と式を挙げると知れ渡ると……」
これから起こりそうなことを想像すると頭が痛い。ダナの裏切りで気がついたが、どうやら私は人の心を読むのが苦手なようだ。
ボードゲームで人の心を読むのは得意なのに、実生活にではからきしダメ。策略の渦に巻き込まれるのはもう御免だ~。
「アハハ、そんなことを恐れているのか」
「イーナ、安心しなさい。ビヨルンが全て解決してくれるわ」
両陛下が私の悩みを全否定してくる。解決? 何をどうやって?
「普段は使うこともないのだが……。簡単に言えば相手を『こうなのだ』と思わせることができる」
ビヨルンがすまし顔で私にサラリと語ってくる。なかなかコワイ内容なのを自覚しているのだろうか。
「ど、どうやってです? わ、私にもしました?」
「していたらこの数日間に起きた忌まわしい出来事も全て忘れているだろう」
確かにそうだ。全部はっきり覚えている。
「人の心を操るのは簡単だが、効果を持続させるのは難しい」
「難しい?」
「心は移ろいやすく不安定。それを持続させて思い込ませるのは至難の業」
なるほど。たまには良いこと言うじゃない。
「ささ、ビヨルンもイーナもささやかな晩餐会を開いておるのだから好きなだけ食べなさい」
これがささやかとは、国をあげたイベントの時はどれだけ豪華なのか想像もつかない。
それにしても、この魚料理のうろこ、だんだんサナに見えてくる……。
まぁいいか、食べてみよう。
パク……。おぉぉぉ、美味しい! しかもタプナード、最高! オリーブの味が効いている~。
「それで、いつ旅立ちに?」
エミール王妃は嬉々として魚料理を食べる私を見つつ、悲し気な表情でビヨルンに聞いてきた。
「急ぎの為、明日にでも旅立とうかと」
あ、明日?
「明日とは急だな。今日はこの宮殿に泊まり、ジット家で準備をしてからにすればよかろうに」
「時は待ちませぬゆえ」
どうしてそんなに急ぐ必要があるのかな。それほど相手が強いのだろうか。ビヨルンの魔術を目の当たりにしているけど、杖を振りかざしただけで一網打尽出来そうだけど。
もう少しゆっくりしたいな。それにしてもこのタプナード美味しい。あと、ハーブティーも美味しいな。やっぱりもっとゆっくり、飲み食いしたいのに、本当にビヨルンは……。
シ~ン。
あれ? 両陛下ともフォークを持ったまま石のように固まっている。
「イーナ、一体何をした?」
ビヨルンが呆気にとられた様子で聞いてくる。その言葉、そっくりそのまま返したい。何が起きたのかを。
「わ、私は何も。そ、それより国王陛下と王妃様を!」
「……なるほど、時が止まる術か。何をした?」
事の重大さに全く気がつかず、ビヨルンは的外れなことを聞いてきた。
「ですから、呑気にそんなこと言わずに術を解いてください!」
女給さん達も動きが完全に止まっている。どうやらこの場で動いているのは、私とビヨルンの二人だけのようだ。
「私は必要がない時は術を使わん。やはり原因はイーナだな」
またまた犯人は私と決めつける。命の恩人じゃなきゃ平手打ちしているところだ。
それなら、私は無実だと証明するためにも時が止まる直前のことを振り返るしかないか。
口にはしたくないが、言うしかない。
「ただ魚を食べて、タプナード美味しいなとか、ハーブ飲んで『もっとゆっくりしたいな』『急いで旅に出かけなくてもいいのに』と考えていました……」
「それだ。原因はそれだ」
「へ?」
納得しているビヨルンに驚いている私を無視し、彼は語り続けた。
「タプナードのオリーブの実やガーリック、香辛料とイーナが飲んだハーブでポーションができたのだろう」
「ポ、ポーション?」
「飲んだ時に思った願望が叶えられるポーションのようだな」
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