第12話 宮廷でのハーブ講義

「そなたがビヨルンの下でハーブ栽培をしておる娘か」


 私は今、フォスナン国の宮殿にいる。玉座には優しい眼差しのライズ5世が座り、隣の王妃の座にはエミール王妃が優雅な姿で座っている。


「さ、さようでございます」


 緊張のあまり声が裏返ってしまう。


フォスナン国に来て三日目で国王夫妻に謁見することになるなんて思ってもいないことだ。


「リラックスなさって。それに顔を上げてください。その姿勢では苦しいでしょう」


 エミール王妃は本当に慈悲深いお方だ。サナが言うところの『若かりし頃の王様が一目惚れする絶世の美女のさらに絶世の美女』だ。

 

 珍しいすみれ色の瞳に輝くような金色の髪。『女神様がこの世にあらわれたお姿』そのものだ。


「そ、それではお言葉に甘えまして」


 まっすぐ顔を上げるとライズ5世が身を乗り出していた。


「私もハーブに興味を持っていてな。ビヨルンはいつもどこかに出かけているので教えてもらいたくても無知のまま」

「陛下、ビヨルンをそんな風に責めてはいけませぬ。彼は国の平和のために飛びまわっているのですから」

「そうじゃが、たまには私と遊んでくれてもよかろうに」


 玉座に座る二人はニコニコと笑い合っているのをみていると、なんだかほっこりする。こんな感情を持つのは不敬にあたるかしら?


「失礼ながら国王陛下。宮殿にてハーブ栽培をすべき時がきたかと……」


 ビヨルンのその言葉を聞くと、ライズ5世の顔色が一瞬で変わった。


 なに、ハーブ栽培がそんなに重要事項なの?


「それは本当か!」

「ビヨルン・ジット、主席魔術師の名にかけまして進言しております」


 なんだかすごくカッコいいセリフで決めているけど、すごく危険なことが起きそうなのは間違いないようだ。


「陛下……。我が国は大丈夫でしょうか?」


 不安がる姿も美しい王妃様。王様が一目惚れするのもよく分かる。

 

「王妃様、私とイーナ・モルセンが守り抜きますゆえ、ご安心を」


 ちょっと待って! ビヨルンどういうこと?


「そうか。おぬしたち二人がいれば安心だ。私たちも可能な限り協力する」

「そうですわね。ハーブの栽培、私もお手伝いするわ」

「ありがたき幸せ。早速ですが、宮殿を守るためそしてフォスナン国を守るために適したハーブを植えたいと思います。さ、イーナ一緒に参るぞ」


 全く状況が読み込めないとその場で考えていると、ビヨルンはサッサと国王夫妻をエスコートするように先頭に立ち、バルコニーに出た。


 待って~。


 ジット家の屋敷もトンデモナイと思っていたが、それを遥かにしのぐ豪華さ。庭には噴水や彫刻があり、ザ・宮殿といった感じだ。

 

「ところでモルセン。手始めにどこに何を植えるべきか教えて欲しい」

「お、恐れながら王様、噴水の周辺に二重三重にラベンダーを植えるべきかと……」

「イーナ。それは守備固め、という意味かな?」


 こくこくと頷き、その通りと意思表示。緊張しているから必要以上に喋りたくない。


「四隅はどうする? 庭園のガードを固め災難への防御力を高めるハーブだ。どれが良い」

「えっとですね……。まずは、何のためにハーブを植えるのか教えてください」

「なるほど。教えていなかったな」


 昨日の夕方、いきなり『宮殿に行くぞ』なんて言い出した時に説明して欲しかったんですけど。


「一昨日、使いのフクロウからフォスナン国を狙う邪悪な動きを察知したとの報告があった」

「……邪悪な動き」

「使いを増やし、その報告が正しいか確認したところ危険が高まっていると判断したのだ」

「で、宮殿の守護するためにハーブの力を利用する、ということですか?」

「その通り。適切な場所にハーブを植え、私が術をかける」


 なるほど。邪悪な力から国王夫妻そして国を守るため、これからハーブを植えるというわけか。


 でも、邪悪な動きと言うことは国を攻め入るということだけど、宮殿だけを守っていても仕方がないような……。


「しかしビヨルン、民はどうなる。多くの民が住む各地方の町や村を守らねばならないぞ」


 そうそう。国王陛下の仰る通り! さぁ、彼はなんと答えるのかしら。


「私とイーナが各地を回り迅速に対応致しますゆえ」

「おぉ、それなら安心だ」


 えっ? ちょっと待ってくださいよ。今、『私とイーナ』と言いましたけど空耳だったかな……。

 

 これは由々しき事態。勇気を出して聞くしかない!


「あ、あの。確認したいことがひとつありまして」

「どうしたモルセン。申してみよ」

「大変申し訳ございませんが、私はまだこの国の仕組みがよく分かっておりません。その中でフォスナン国を守るとは、恐れながら荷が重いことで……」


 深々と頭を下げ、国王に伝えて役不足を一生懸命伝えないと!


「おぉ、なんと、なんと思慮深い娘であろう」

「本当に。自分の実力を隠す必要はありませんよ。ビヨルンのように正々堂々としてください」

「さすがビヨルンが見初めただけがある。二人がいれば安心じゃ!」


 へ? まさかの逆効果?


「それでは噴水周りのラベンダーに関しては両陛下のお手植えについてお願いします」

「うむ。それでは皆の者、ついて参れ」


 国王がそう言うと、どこに隠れていたのお付きの者たちがワラワラ出てきた。


「それでは私たちは宮殿の他の場所にハーブを植えて参りますので、これにて失礼いたします」


 ビヨルンがライズ5世とエミール王妃に挨拶をすると同時に、指を鳴らした。


 パチン!


「まずは北からだ」


 え? あれ屋外? 瞬間移動って杖を使わなくても出来るの? というか、杖を今日は持っていない?


「日が当たりにくいこの場所。どのハーブが合う」


 離れの蔵書で面白くなさそうな顔をするビヨルンがいるのを無視し、チェスの本を読みつつハーブの本を短期間で読み漁った。


 小さい頃にハーブが意外と身近にあったおかげなのか、かなりの量のハーブを一気に暗記できた。


「ここは三種類のハーブで守りましょう。コリアンダー、マジョラム、ヤロウ」

「三種類か……。炎の色は?」

「今日は杖を持ってきていませんよね? ハーブもありませんし」


 キョロキョロ辺りを見渡しても、ハーブのハの字もない。


「何を言っている。ここにあるぞ」


 マントの内側から何か取り出し呪文を唱えると、いつもの杖が飛び出してきた。そして、ハーブもいつのまにかドサッと土に埋まっている。

 

「さ、三種類だとどうも色が変わるようです。オレンジ色に近い黄色で炎は弱めになります」

「組み合わせで色も炎の強弱も異なる。これを間違えれば両陛下をお守りすることも叶わぬ……」


 いつになく真剣な顔をし炎を操るビヨルンを見て不安がよぎった。広い広い宮殿の四隅だけでもけっこうな作業だ。果たして一日で終わるのだろうか、と。


「よし、次は北西だ」

「えっ? 四隅と真ん中でいいのでは?」

「どうやら足りないようだ。敵の邪悪さは凄まじいものがある。八方位守る」

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