第8話 魔術師はボトゲがお嫌い

「ご主人様! どうして、どうしてなのですか! ヒック、ヒック……」


 丈の短いスカートを履いた半魚人の娘がエントランスで大泣きをしている。


 相手の同意もなくいきなりパートナー扱いされ、私も泣きたいんですけど……。


 第一、まだ出会って一日も経っていない。確かに超絶イケメンだ。魔術師としての腕もかなりのもの。女性なら彼からの申し出に飛びつくはず。


 でも、上から目線の言い方がちょっと癪に障る。


「ということは、こちらのお嬢様はずっとこちらでお住まいになるという認識でよろしいでしょうか?」


 ワンワンと泣き叫ぶ半魚人の娘を尻目に、執事の男性がビヨルンと私を交互に見ながら聞いてきた。


「ちょっ、ちょっと待ってください! わ、私の意見は?」

「意見がどうしたというのだ?」

「さすがに話し合いもなく『パートナー扱い』はどうかと……」

「ほぉ、私の申し出に異議ありということか」


 フォスナン国の主席魔術師を刺激するのは避けたいところだが、私にも少しばかりの選択肢があるはずだ。


 命令に背いたものは即刻死罪になるかもしれない。なんて恐ろしいのだろう。


「た、助けて下さったのは大変感謝しています。ただ、『パートナー』になるには双方の話し合いを重ねていくことが必要ではないでしょうか」


 ビヨルンは美しい顔を歪めて何か考えている。とはいえ、何をどう考えているのかナゾだ。


「どうも勘違いしているようだ。私はハーブ栽培師としてパートナー契約をしたいと思っているのだが」


 アレ、なんだか大きな勘違いをしてしまったようだ。これは恥ずかしい。大恥をかいてしまった!


「アハハ、当たり前ですよね。こんな小娘とご主人様が結婚するわけないのよ!」


 私は顔を真っ赤にし、半魚人の娘はピョンピョン跳ねて小躍りをしている。大失態もいいところだ。


「ただし、私はいつでも婚礼を上げても良いと思っている。ベーカーもそのつもりで抜かりなく」

「かしこまりました」

「……え?」


「とにかく、婚礼に関してはイーナ次第だ。良いと思えばその日に式を挙げる」

「えっとですね、それって……」


 私が何を言おうか迷っている間にビヨルンはすたすたと二階へと上がり姿を消した。


「それではイーナ様。婚約者として接しますのでよろしくお願い致します。お父様の代からお仕えしておりますベーカーでございます」

「ベーカーさん、ありがとう。でも、まだ動揺していまして。婚礼と言っても私の意見は全く反映されていませんし、普通のお客さんとして接してください」

「それはできません。ご主人様、ビヨルン様の言いつけに背くことはできませぬ」


 紳士的なベーカーさんとお話をゆっくりしたいところだけど、すぐそばで半魚人の娘が氷で固まっているように動かない。


 さっきまであれだけ大騒ぎをしていたというのに。


「彼女、どうしましょうか?」

「サナ、サナ。起きなさい。困りましたね、ショックを受けると半日はこのままになるのですよ」

「半日も?」

「はい。サナは女給の娘ですが先代と奥様から娘のように可愛がられたこともあり、若い女性のお客様に対して少々対等になろうとする悪い癖があります。お許しください」


 女給の娘だけど本当の娘のように可愛がられたら感性がズレちゃうのも仕方がないよね。


 しかも、あれだけの美形のビヨルンに仕えるとなると近づく女性は全員敵にみえるだろうし。でも目を覚ましたら教えてあげたい『私は興味ないから安心して』と。


「ところで、ビヨルンのご両親は?」


 その言葉を聞くとベーカーさんの顔を曇った。どうやらいい話題ではなさそうだ。


「今から五年前のことです、ご夫妻、そしてサナの母と出かけた際に三人とも不慮の事故で……」

「ちょっと待ってください。魔術師ではなかったのですか?」

「主席魔術師であられました。世代交代の儀式を行った直後のことで……」


 ベーカーさんが辛そうなのを見て、私はそれ以上聞かないことにした。


 そうか、ビヨルン自身も辛い体験をしている。そして、カチコチに固まった半魚人の娘も悲しい思いをしている。


「皆さん辛い思いを抱えているのですね」

「イーナ様、お優しいお言葉、ありがとうございます」


 ベーカーさんから深々とお辞儀をすると私は大いに困った。


「普通に接してください。私、貴族出身とかじゃないですから」

「ビヨルン様が見初めた方ですから、出自など気にいたしません」

「どこの誰かも分からないのに?」

「さようでございます」


 執事の人は本当に仕えている人にに反対意見とか言わないんだ。ということは、サナもそのうち『イーナ様』とか言うのだろうか。う~ん、怪しい……。


「ところで、離れを使ってもいいですか」

「どうぞ。お好きなようにお使いください。ご案内いたします」


 離れと言っても私にとっては大豪邸。ワクワクするな。


「ベーカー、私が案内する」


 二階に引っ込んでいたビヨルンが瞬間移動を使って目の前に現れた。


「えっと、今のは瞬間移動?」

「何か問題でも?」

「敷地内では使わないと……」

「屋敷では別だ」


 ということは、のんびり昼寝しているところに来ることもあるのか。ものすご~く、めんどくさい。


「平屋だが蔵書室、そして客室用の部屋が四つある。好きな部屋を選んでいいぞ」


 部屋をみるとどれも素晴らしく選ぶのが難しく悩んでしまう。でも、東の角部屋なら太陽の光が最初に差し込んできて目覚めもスッキリしそう。


「それではこの東の角の部屋を使わせてもらいます」

「次は蔵書室だ」


 ギ、ギ、ギ……。


 きしんだ音から、長らく扉を開けていないのが分かる。そして独特の匂い。


「ま、窓を少し開けても大丈夫ですか」

「空気を入れ替えした方が良さそうだな」


 傾き始めた太陽の光が差し込むと、本棚にぎっしりと書物が並んでいた。


「今のお前に何が一番良いのか取り出してみよう」


 ビヨルンがそう言うと、一冊の本が飛び出し彼が素早くキャッチした。


「この本か……。『グラントンによるチェスの最強フォーメーション』」

 

 やった! チェスの本を一発で当てるなんて最高! 


「イーナはチェスが好きなのか?」

「はい! 大好きです!!」

「チェスか……」


 何だろう。ビヨルンの声が完全にトーンダウンしている。


「何か問題でも?」

「嫌いなのだよ……」

「へ?」


 嫌い? 何が? 私のこと?


「チェスといい、ボードゲーム全般私は嫌いだ!」

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