第7話 良質なハーブと魔術の関係
「ドゥンガバラ ライマラドン アンキャラカ!!」
吹き出した炎を前にした私が思わずのけぞると、ビヨルンは杖を両手で持ち上げ大声で呪文を唱え始めた
その呪文と同時に杖の両端から燃え盛る虹が飛び出し、畑のラベンダーを包み込んだ。炎が消えるまでずっとビヨルンは呪文を唱え続けている。
「ヤーム ホーケラム オンオン……」
頃合いを見て小さな声で呪文を唱え始めると、炎をはたちまち消え去りさった。目の前で起きたことが全て幻のようだ。
「これで儀式は終了した。さてと、屋敷に戻るとするか」
「屋敷?」
「安心しろ。とりあえず離れを自由に使っていい」
全く気がつかなかったが、遠くに広大な敷地内に確かに貴族の館的な白亜の屋敷があるのが見えた。その隣に『離れ』と言ってもかなり豪華な館が目に入った。
「えぇ、あそこに住むんですか!?」
「狭すぎて気に入らないのか?」
なんだろう。ケンカでも吹っ掛けたいのだろうか。それとも庶民の暮らしぶりが分からないのだろうか。
「いえいえ、私の家はあの屋敷の半分の半分のそれまた半分以下の大きさでしたので、ただ驚いているのです。」
とりあえず本当のことを伝えよう。あれだけ大きな家には慣れるまで時間がかかりそうだし。
「書物もたくさんある。ハーブ栽培に必要な知識を増やさなければならないからな目を通しておくように」
「……はい」
すたすたと早歩きの魔術師についていく間、私はすごいことを発見した。それは、彼の魔術にハーブが一切使われていないということだ。
杖でえいっ、やっている時にハーブ食べたりハーブティーも飲んでいない。ハーブから作られたポーションを振りかけているわけでもない。
それなのに、絶対に必要とビヨルンは口にしている。疑問が湧いてくる。こうなったら屋敷に着く前に思い切って聞いてみるしかない。
「魔術を使う時、ハーブを食べたり、ポーションを使っていませんが、どのような時に使うのか教えてください」
「日頃から食し飲んでいるからだ。あとは定期的にポーションも使用している」
振り向かず早歩きをしながらビヨルンは返答した。
「そうすることで身にまとっているのと同じ効果、と」
「そういうことだ。良質なハーブを使用していると魔術の質も高められる」
栄養素の高い野菜を食べていれば健康、という考えと同じか。
「でも、フォスナン国は平和ですよね? 別に質の高いハーブを急いで作らなくても良いような……」
それまで屋敷まっしぐらだったビヨルンが急に振り向いた。
「この世の中何が起こるかわからない。気を抜いているといつ災難が降りかかるか分からないぞ」
そうそう、その通り。身をもって経験しています。
気を抜いているわけでもなかったのに、親友に嵌められて一家離散。あっちは軍師の娘になりお嬢様なんて言われて成り上がりに成功。
本当に人生何が起こるか分からない。
「イーナ、お前もハーブを食し飲んでみるとスキル向上できるはずだ」
初めてまともに名前を読んでもらった気がしないでもないが、とりあえず『スキル向上』という言葉の響きは心地よい。
「土を掘らなくても炎の色が判断できますかね!」
「それは分からんが、特殊なスキルがあるのだから何かしらの変化が起きても不思議ではない」
「フツーの人が食べたり飲んだりしても、同じことが起きますか?」
「無理だな」
ハッキリ『無理だな』と言ったビヨルンは、また屋敷へつながる道をすたすたと歩いて行った。
ハーブと言ってもこれだけの種類があるのだから、それぞれ得意な分野があるはずだ。ラベンダーが超重要と言ってたけど、スキル向上やポーション作りでも欠かせないという意味なのだろう。
そういえば小さい頃、医術ギルドのお婆さんが頭痛が酷い風邪の時は『ラベンダーにカモミール、そしてペパーミントを混ぜたポーションだよ』と言って飲ませてくれたっけ。
母さんも、父さんもお客さんの体調に合わせてハーブ酒をサービスで出していた。庭にもラベンダーは毎年栽培していて……。
ハーブは両親との思い出をつないでくれる。離れにハーブの書物がたくさんあるというから、少しずつ読んでいこう。
さて、こうして何十分も歩いて白亜の館と立派な離れに辿り着いたけど、ビヨルンが魔術で楽々と瞬間移動できたのでは?
だいたいあの『死の森』から無事に出てこれたのだから畑からここまでなんて超楽勝でしょう。
「えっとですね、瞬間移動の術は普段使わないのでしょうか?」
「敷地内では無用のこと。魔術はいざという時のみに使うのが鉄則」
そ、そうですか。必要以上には使ってはいけないのね。これだけ歩かされるというのだから、明日からのハーブの世話で筋肉ムキムキになりそう。
「私だ」
そう館に向かって話しかけると大きな呼び鈴が鳴り響いた。
リンリンリン♪
「おぉ、ご主人様!」
「ご主人様~!」
白亜の館から年配の男性と私と年と同年代の半魚人の娘が飛び出してきた。
「一カ月も戻ってこられないので国王陛下も王妃様も大変心配しておりましたぞ。呼び鈴がなり、二階から飛び降りてきました」
「そんなに慌てなくてもよいぞ。国王陛下と王妃様に戻ったことをお伝えしなければならないな」
あれ、おかしいな。畑での作業は見えなかった? 二階にいたらあれだけ激しく炎とか雨降らせたりしていたから気づかないわけないのに。
「私も毎日泣いていましたのよ。で、この娘は?」
明らかに不機嫌そうな顔を見せる半魚人の娘は私を指さしている。
「あぁ、森に彷徨いこんでいた娘だ」
「ビヨルン様、森とは……?」
「『泥沼の森』だが」
「あらま残念。死罪ですわね! ウフフ」
なんだろう。半魚人の娘の言い方が気に食わないのは私の心が狭いからだろうか。
「無礼だぞ。イーナはこの国の者ではない」
「キッー! 名前で呼ぶなんて!」
「と、とりあえずご主人様中にお入りを。客人もこちらへどうぞ」
見ず知らずのわたしを客人としてもてなしてくれる。執事と思われる男性は良い人確定ね。
「で、ご主人様とあの娘の関係は? それを教えて頂かないと私はお茶を出すこともできません」
「彼女は私のパートナーだ。ここでの生活に慣れるまで離れで暮らすが、慣れたら屋敷で共に過ごす」
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