第6話 土地改良はバランスが命

「全部終わりました!」


「うむ。次は水やりだな」


 百種類にも及ぶハーブを全て植える作業は私の謎のスキルとビヨルンの魔術によりポンポンと進み、あっという間に終わった。


 喜ぶのもつかの間、次は水やりについて考えないといけない。


 そもそも、こんな広大な畑で水やりをするとなると何度も井戸から水を汲んでこないといけないのだが……。


「あの、畑の近くに井戸水ってあります?」


 しょうがない。本当は聞きたくないけど、聞くしかないか。


『うむ、お前が毎日川まで水汲みに行きなさい』とか言われたら私の一日その作業で潰れるし……。


「井戸か。そんなものはない」


 ビヨルンは真顔でサラリと答える。私は信じられない気持ちで呆然とした。


 きっと食物を育てた経験がないから水の大切さを感じないのだろう。


「えっとですね、食物を育てるには水が必要です。雨が定期的に降ればそれで十分ですが、日照りが続くこともありますし」


 水汲み確定だ。重労働を毎日やらされるのかと思うと気が滅入る。


「雨を降らせばすむことだ」


 ボンギャラノン……。


 いきなり何事か呪文を唱え、杖を天に向けると一筋の光が天を突き、澄み渡っていた青空が急に暗くなり雨が降り出した。


「えっと、自然もコントロールできるのですか?」


「そうだが」


 涼しい顔でサラリと言う。


 おかしいな。デンガー国にはこういう魔術師はいなかった。それとも、国家機密で平民にはその存在すら明かされていないとか?


「デンガー国では一度も魔術師に出会ったことがありませんし、噂も耳にしたことがありません。フォスナン国では当たり前の存在なのですか?」


 ビヨルンじゃ自由自在に雲を操りながら大きく首を横にふった。


「知っているのは国王陛下と女王陛下、並びに一部の臣下のみ。他の魔術師は医術ギルドや祈祷師として各地で活躍している」


 あぁ、そういう人はよく酒場に来ていたから知っている。でも、ビヨルンのような完全なる『魔術師』を見たのは初めてだ。


「デンガー国のプリモス13世はポーションを駆使する医術ギルドを国王は信じていないと聞く。おそらく彼ら彼女たちが魔術師と同じ役割を担っているはずだ」


 なるほど。


 だから医術ギルドの人たちがあんなに文句を言っていたのか。『兵隊ばっかり大事にしやがって』とか口にしてたっけ……。


 というか、超高貴な身分な方々しか知らない人とフツーに喋っているけど、大丈夫? いきなり断罪されてまたまた追放とか起きないか心配なんだけど……。


「そ、そうなんですか。私のような平民には上の方々のことはどうもよく分からないので」


「我が国でも階級の壁というものがもちろんある。しかし、スキルが高ければそんな壁など越えられる。お前もすぐに乗り越えるだろう」


 どうやらフォスナン国は階級の差がそこまで厳しくないようだ。スキルがある人を登用する感じか。


 デンガー国みたいにカッチカチの階級制というわけではない。ちょっと気楽になったかな。


「これで一週間はもつだろう。さぁ、鍬を持って畑を回るぞ」


 杖を降ろすと真っ黒だった空は徐々に灰色に変わり、また青空が戻った。


 その様子を口を開けて呆然と見ている私をよそに、ビヨルンはスタスタと歩いて行く。


「ちょっと待ってください!」


 お構いなくスタスタと歩いて行く。ものすごいスピードだ。魔術を使っているとしか思えない。


「よし、土を掘れ」

 

「はい?」


 何だろう、彼の意図が見えてこない。


「土を掘り、このハーブの力を最大限に活かせるようにするのだ。私が赤、緑、白、黄色の炎を入れる」


 なるほど。ビヨルンはこの炎の加減に失敗してハーブを燃やしてしまったのか。というか、どうやれは炎の色の見分けがつくのか分からない。


 しかし魔術師様の命令だ。とにかく土を掘るしかないか。


「では掘ってみます。う~ん、どうだろう。反応ありますかね……」


 鍬を振りかざして土を少し掘ると、うっすらと緑色の炎が見えてきた。


 小さい頃、土遊びしている時にこんなことあったかしら。いいえ、一度もなかったはず。一体私の身に何が起きたのだろう?


「……ルッコラは、薄い緑みたいです」


「なるほど。加減も分かるのか……」


 えいっ、とビヨルンが杖を軽く振ると杖の先からほんのり緑色の炎がハーブを包んだ。


「ちょっ、大切なハーブが燃えてしまいますよ!」


「大丈夫。薄いということは弱く緑色の炎がルッコラの力を最大限にする。よし、次に行くぞ」


 先に進みながらルッコラの畑を振り返ってみると、もう葉が一回り大きくなっていた。


 これが魔術による促進。


 冬までに成長させて収穫しないといけないのか。って、収穫なんてトンデモナイ量になるよね?


 葉を摘んで乾燥させてという作業も二人だけでやるのか……。いやいや、主席魔術師は暇じゃないでしょう。そもそも奴隷とか使用人とかいないのかな?


 あ、もしかして私が使用人になったとか?


 色々考えている何とも気持ちが重たくなってくるが、命拾いしたわけだし文句は言えない。魔術師様のために精一杯働くとするか……。


「時間がない、どんどん炎を包み込むぞ」


「……は~い」


 それから隅から隅までハーブ畑を縦横無尽に歩き、火入れみたいなことをしていったが、面白いように炎の色も強弱もバラバラだった。


 カモミールなんて燃え盛る赤い炎を投入していたし。山火事レベルの炎で引いたけど、あの時全く熱く感じないのはどうしてだろう。


 この作業を通じて謎が解明されるどころか、逆に謎は深まるばかり。幸いビヨルンは質問すれば大抵のことは答えてくれる。


「ハーブを包む炎は熱くないんですね」


「熱いだけの炎ではハーブが燃える」


 いやいや、そんなの私でも知っていますけど。


「……普通の炎と何が違うのですか?」


「まぁ、魔術だな。炎に見えるが光かもしれん。形はあまり関係ない。大切なのは強弱と色だ」


 なるほど、魔術の炎だから熱くない。


「さて、最後は極めて重要なハーブだ」


 どれどれ、めちゃくちゃ貴重なハーブとやらはどんなもの? えっ? これは私でも知っているラベンダーですけど……。


「ラベンダーが魔術に欠かせないハーブなんて! こう言ってはなんですが、一般家庭でも育てられますし、自生しているのでし珍しくないハーブだと思いますが」


「あの森のラベンダーは特別だ。そして魔術やポーションを作る上で全ての土台となるハーブだ」


 なるほど。『死の森』のラベンダーということか。他のハーブと違いもう元気がなくなっている。土が合わないようだ。


「い、急いで掘ります!」

 

 ザックザック……。ド、ド、ド、ドドォォォ!!


「地、地中からものすごい勢いで赤、緑、白、黄色、あと、紫の炎が噴出しています!」

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