第5話 冬が来る前に百種類のハーブを栽培せよ

「フォスナン国随一の魔術師だから」 

  

『できる人ほど謙虚だ』という父の言葉がグルグルと頭を駆け回る。


 酒場で医術師ギルドのメンバーを観察していても、自分が出来るのをアピールしている人ほど能力が低そうだった。


 しかし、ビヨルンの術による『死の森』からの脱出劇は見事の一言だった。


 つまり、彼は腕のある魔術師なのは間違いない。でも、謙虚さが足りないというのは何かしらの欠点があるということだ。 


「随一なのは分かりましたが、そんなことを口にしなくても凄腕の魔術師だというのは十分理解しています」


 私が冷静に言うと、彼はバツの悪そうな顔をしながら反論した。


「足を踏む入れば死罪になる森に自由に入れるのは、この杖を持った主席魔術師しか入れない規則がある。だから、随一というのは間違いではない」


 他国の人間に分かりやすいように説明しただけという顔をしている。仕方がない、ここでこじらせると自分の立場を悪くさせるだけだ。


「なるほど。しかし、なぜ主席魔術師が何の目的で森に入るのですか?」

「良い質問だ。ハーブだ。魔術で使うハーブを採取し、新種のハーブを探すためだ」

「ハーブ?」


 そういえば、母さんの自家製のハーブ酒が酒場で人気を集めていたな。


 仕事で疲れている人に白ワインにラーベンダーを浸したのをお客さんに出していたっけ。


「フォスナン国のハーブの管轄を私が担っているのだが、少し困ったことが起きてだな」

「困ったこと?」

「実は、ハーブの数が減っている。取れにくくなっているのだ。そのため、この畑でハーブを作ることにした」


 杖で畑の方を示すが、なぜ畑で作る必要があるのか見当もつかない。自然が溢れすぎている『死の森』で作ればいいことだ。


「あの森で良いんじゃないですか? ここで作ると言ってもあの森と同じ条件で作れるとは考えられませんし。日当たりめちゃくちゃ良いですよ?」


「それは私でも分かっている。しかし……」


 ビヨルンが口ごもる。どうやら重大な何かが起きたようだ。


「森の中のモンスターたちが暴れて土の質が変わったとかですか!?」

「ま、まぁそうだな」


 歯切れの悪い返答に私はピンときた。そうだ、自分のせいで土の性質が変わったに違いない。


「なるほど、イロイロと起きて自分の敷地内でハーブを作らないといけない事情がある、ということですね」


 私がニコニコと笑うと、面白くなさそうにビヨルンは顔をプイとそむけた。どうやら当たりのようだ。


「お前にだけ正直に言おう。雑草を取ろうと火の術を使ったら誤ってハーブを焼いてしまったのだ」


 暗闇で雑草とハーブの見分けがつかなかったのだろうか? いや、主席魔術師ならあの暗闇の中でも透視できるはずだ。


 ここはツッコミを入れたいところだが、やめよう。なにせ彼は私の命の恩人なのだから……。


「こんな広い広い畑で、どのくらいのハーブを栽培するんですか?」

「百だ」

「はい?」


何か、聞き間違えたのだろうか。そんな顔をしていると、彼はハッキリと言った。


「百種類のハーブを作る」 

「ひゃ、百種類のハーブを条件が全く違うここで栽培するわけですか。いや~、とんでもない仕事になりますね」


 そうか、主席魔術師はかなり暇なのだろう。そうでなければこんな広大な農地で栽培することは不可能だ。


 土の手入れ、隣同士に植えてもいいハーブの組み合わせ。色々と考えないといけないけど、彼なら魔術を駆使して栽培もサクサクってできそう。


「そうだな。手始めに畑を見に行くぞ。鍬を持て」 

「へ?」


 呆気に取られている私の足元に鍬がどこからともなく転がってきた。


「私がお前を助けたのは、土を見極めるスキルが高いからだ。そしてハーブを適材適所の場所で育てる力を持ち合わせている」


「えっと、私のスキルって……」


 おかしい。私が思っている『ボードゲームが強い』とはどうやら違うようだ。それにしても『土』『ハーブ』?


「ほら行くぞ。時間がない」


「時間がないとはどういう意味で?」


「冬が来る前にハーブを作る必要がある。さすがに魔術でも季節をコントロールすることは不可能だ」


「ところで、ハーブはそんなに簡単に育つものなんですか?」


 そう口にしたが、そんなはずはないのを身をもって知っている。


 店で出す薬酒や料理で使うため、有名どころのハーブを育てていたが一年はかかる。しかも、採取できる季節も種類によってバラバラだ。


「簡単に成長するよう魔術を使う。ただ、やはり大切なのは土と場所だ。それを見極めて欲しい」


「……ですから、私は土とかハーブはよく分かりません!」


「分かるか分からないかはやってみないと分からん。魔術を使うのは成長促進の時のみ。土を合わせ、自然に近い方がより最大限に効果を引き出せる」


 ということは、『死の森』のハーブが最高級で人の手で栽培されたハーブはやや力が劣るということか。


 完全に人工的に栽培するとなると、ビヨルンの魔術の質も落ちるはず。その点は腕でカバーできると思っているのだろうか?


「ちなみに、ハーブのタネとか苗はどこにありますか?」


 私が質問すると彼ははるか遠くに見える畑の端を指さした。


「あそこに並んである。畑の土を触りながらどのハーブが良いか教えてくれ。私が術で運ぶ。これがリストだ」


 上等な羊皮紙を手渡されると、本当に百種類のハーブの名前がずらりと並んでいた。


うっぷ、目が回る。


とりあえず、鍬で土を耕して土を触って直感でどのハーブがいいか考えてみるか。いや、知らないハーブの方が圧倒的に多い。


「この『ガーデンソレル』とは?」


「よし、ガーデンソレル!」


 ビヨルンがアメジストを三回触れながらハーブの名前を唱えるとものすごい勢いで苗が飛んできた。


 いやいや、こんな速さじゃ苗とかタネとか致命的なダメージ受けないかとハラハラしてしまう。


「どこに植えたほうがいいのだ?」


 いきなり振ってきましたが、このハーブは完全に初めまして。どの土に合うかなんて分かるわけが……。


 あれ、なんだろう、あの辺りが青く光っている。


「えっと西の角のあのたりです。青く光っている場所あるのですが……」


 私が言うと、ビヨルンは突然呪文を唱えた。


「なるほど、あの辺りだな。よし、ガーデンソレル行け!」


 ゴォー、ゴォー。


 すごいスピードで青く光る場所に飛んでいったガーデンソレルはスポッと土の中に入っていった。


 どうやらあの呪文を唱えると私と同じ視覚となるようだ。


「よし、次はなんだ」

「あの、この鍬って意味ないですよね」

「そうだな。それくらいお前のスキルが高いということだ。それで、次のハーブはどれにするか言ってくれ」

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