第4話 フォスナン国随一の魔術師

「は、はい。もちろんついていきます」


 この瞬間、デンガー国の酒場『アリアナ』の娘、イーナ・モルセンという肩書は過去のものになった。


 酒場は灰となり、思い出が全て消えた故郷に未練はない。とはまだ言い切れないが過去には戻れない。


 本当はお父さんとお母さんの行方も魔術師ビヨルンに聞きたいが、それは恐ろしすぎてまだ聞けなかった。


 現実を知ったらそれこを立ち直れないかもしれないし……。


 もういい。私はこの森で生まれ変わる。そ、新イーナ・モルセンとしての人生を歩むことに決めた!


「よし分かった。それではこの杖のヒスイの部分に手を乗せて目を閉じる。決して杖を握ったり目を開けてはいけない。そしてどんなことがあっても言葉を発してはいけない」


 いかにも魔術師が持っていそうな杖には、いくつかの宝石がちりばめられていた。


 アメジスト、アクアマリン、エメラルド、えっとヒスイはどこだ?


 視線でヒスイの場所を探していくと、ちょうど杖の持ち手のところにあった。宝石ごとに何か役割があるのだろう。ヒスイは脱出する時に使う宝石のようだ。

 

 私は『死の森』を脱出すべく、イケメンこと魔術師ビヨルンに言われたことを素直に聞き、ヒスイに手を乗せ目を閉じる。


 ブォ~ブォ~。


 どこからともなく獣の叫び声が響いてくる。


 ブォ~ブォ~ブォ~!


 うん? 本当に獣なの? 


 獣というよりは怪物に近い雰囲気を感じる。何ならすぐそばを飛んでいる気がしないでもない。


 音はどんどん大きくなり風が吹き荒れる。これは完全にヤバい案件だ。風も怪物の羽から発生しているとしか思えない。


 バサバサと翼のようなものが当たるような気がする。


 ここまでくると『決して目を開けてはいけない』といってから好奇心に負けて開けて墜落するという鉄板の流れを実行しようにもできない。


 なにしろ恐ろしすぎて、目を開けたくもないからだ。


 すぐ近くにいるビヨルンは小さな声で呪文をずっと唱えている。どうやら結界を作っているようだ。

 

「あともう少しだ」


 ビヨルンの冷静な声と共に獣の声も聞こえなくなり、風も穏やかになった。


 なにこれ。サラッとやっているけど凄すぎるでしょう。 


「よし、十数える。十と言ったと同時に目を開ける。少しでもずれたここから出られない。覚悟するように」


 最後の最後で恐ろしい条件を突きつけてくるなんて。仕方ない、彼と同じ間隔で数を数えよう。イチ、ニ、サン、シ……。


「キュウ、ジュウ! はい目を開けました! うわわわわ……、目が潰れる!」


 私が思いっきり目を開けると太陽が空の一番高いところで輝いていたのが一瞬見えた。どうやらお昼くらいのようだ。


「何をしている。さっきまで暗闇にいたのだからいきなり目を開くのは危険だ」


 助言が遅すぎです。


 もう目がチカチカして、目を細めて太陽の光に慣れるしかない。ということは、死の森にいたのは七時間くらいだったのか……。


「そうか、森にいたのは七時間くらいだったんですね」

「?」

「いや、ですから、私が兵士に無実の罪で『死の森』に連れていかれたのが今日の早朝。あんな暗闇にいると感覚が鈍ってしまいますね。てっきりもう夜遅い時間帯と思ってました……」

 

 オドオドと私が言うと、彼は衝撃的なことを口にした。


「何を言っている。四日間はいたはずだ」

「はい?」

「森に入ってすぐにフクロウが監視していたが、その日のうちに意識を失い四日間眠っていた」


 ……え? そんなに?


「四日間も眠っていた……。ちょっと信じられませんが、とりあえず飢えたオオカミに食べられないなんてラッキーです」


 私が何気なく言った一言にビヨルンは反応した。


「飢えたオオカミ?」

「はい。『死の森』には飢えたオオカミがいて、食べられるから入ってはダメだと耳にタコができるくらい聞かされて育ちましたので」

「ハハハ、そう言われているのか。なるほど、そうかそうか」


 大声で笑うビヨルンをみていると、やはり森の事情を色々と知っているのは間違いなさそうだ。


「えっとですね、フォスナン国の人々は普通にあの森に入れるのですか?」

「ダメだ。許可なく入るのは死罪と決まっている」

「……死罪。と、ということはフォスナ国に連れてこられた私も死罪に!?」


 事の重要性に気がつき、一気に血の気が引いた。助かったと思ったら死ぬパターンなんて考えもいないのに!


「普通ならそうなるところだが、安心しろ。フクロウに監視させていたところ通常の人とは違うスキルを持っていることが判明した」

「スキル?」

「おそらく、親友だった女はお前のスキルに気がついていた。そのスキルがなければ私が出向くことはなかっただろう」


 スキルと言われても、ボードゲームが強いことしか思い浮かばない。フォスナ国でボードゲームが大流行しているから助けてもらえたということのようだ。


 フォスナン国で人気のあるボードゲームってなにかしら。鉄板のチェス? それとも昔ながらのカードゲーム? 私がやったことのないゲームもありそう。


 ゲームのことを考えると嫌な出来事も忘れるくらい元気が出てきた。


「そうか、私のスキルってそんなに役に立つんですね!」

「どの程度役立つのか実際にやらなければ分からないが……」


 上から目線が気に食わないけれど、とりあえず自分のスキルとやらのおかげで命拾いをしたのだから万事オーケー。


「ところで、ここはフォスナ国のどこですか? あと、私のお腹が減っていないし寝巻から服になっているのはなぜですか?」


 空腹のまま意識を失い四日間も寝ていたのにお腹が全く減っていない。ポーションを飲まされたわけでもない。それに、知らぬ間に寝巻から普段着に代わっている


 これも彼の魔術なのか……。


「ここは私の畑だ。魔術に必要なハーブを栽培している。空腹と服に関しては私は関知していない。あの森は不思議な森だ。ただそれだけのこと」

「不思議な森だから、ですか……」

 

 なんともざっくりした答えだ。


「そうだ。まだ解明されていないことが多々ある。だからこそ、隣接する国々は国民を近づけないよう伝説を作り上げ恐れるように仕向けている」

「デンガー国でも『絶対に近づいてはいけない場所』の断トツ一位です。フォスナ国でもですか?」

「表向きはそうだ」


 表向き、ということは裏ではなにかやっているということか。ビヨルン自身も死罪なんか気にせず森に入って来たわけだし。よし、聞き出してみよう!


「ということは、あなたのように中に入ってもいい人が存在する。けれどそれは絶対に漏れないような秘密、ということですね」

「何とでも言え。ただこれだけは言える。私は正々堂々と森に入ることができる。なぜならば、フォスナン国随一の魔術師だからだ」

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