第3話 緑の蜘蛛との遭遇

「あぁ、お腹減ったな……! あれ、私生きている? いやいやここは天国でしょう」

 

 そうそう、ここは天国。と思いたいところだがお腹がすいている。天国ならきっと空腹の感覚もないくらい満たされているはずだ。


 しかも、意識を失う前は真っ暗だったのに、向こうの先に光の柱が見える。


 もしかして、あれが兵士が言っていた『魂が集まる場所』なのかしら?


 私は空腹を忘れてそっと近づいてみた。


 ぼんやりと見えた光は緑色で、何かしらの物体から発せられている。


 少しばかり空の様子が分かるかと思い上を見上げたが相変わらず真っ黒だ。どのくらい寝たのかも分からないし、何時なのかも分からない。


「なに? 光るキノコかしら。残念だけど食べられそうにない……。ギャァ~、クモ!」


 発光物の正体は、緑色に輝く大きなクモだった。大木の切り株にくらいの大きさがある。

 

 これは完全に普通のクモではない。しかもクモは体を方向転換し、ものすごいスピードで私の方に向かってくる。


「兵士たちの言っていたこと正しいかもしれないけど間違っているし。あの蜘蛛に食べられる!」


 なんてことだろうか。クモに食べられて死ぬなんて……。


 もう今度こそ本当に終わった。あのまま空腹で意識が遠のく中、全方向から聞こえてくるフクロウの声に包まれて意識を失っていたほうが幸せだった。


「お父さん、お母さん、ハリスさん、酒場の常連さんたちありがとう。ダナ、あんただけは許さない。この恨み、晴らしたかったけど……。ハイ?」


 肩をトントンと叩かれ、私はゆっくりと振り返った。きっとクモだ。クモがトントンと叩いたのだ。


 見たくない。目が合った瞬間に糸が飛び出してきてグルグル巻きにされるにきまっている。


「お前、何者だ」


 突然クモが喋った。まさか、死の森の主なのだろうか。


「黙らずに何か話せ」

 

 どうやらクモは私が返答しないことに怒っている様子だけど、この状況なら誰も返答しないと思う。


「この森に来た理由は?」


 このままだと押し問答が続きそうだ。どうせ食べられるなら、クモの正体を知ってからにしてもらおうか……。


「逆に、あなたは誰ですか? 喋るクモなんてモンスターの一種?」

「クモ? あぁ、そうか。クモに見えるか。それならば……」


 ドン!


 爆発音とともに突然クモから煙が上がり、手で煙をのけると目の前に人が立っていた。


 声的に男性のようだ。しかし、周囲が暗くてよく見えない。


 私が何回か瞬きをしていくと、ぼんやりと男性のシルエットや顔が見えるようになってきた。


 長髪で銀髪? おっとこれはかなりのイケメン。いや、これまで会った男性の中で断トツのイケメンだ。


 太陽の下で見たら卒倒するレベル。いやよかった、真っ暗な森の中で。


「なぜこの森に来た」


 上から目線のイケメンは個人的に好みじゃないが、この状況じゃそう聞いてくるのも仕方がない。


「好きで来たわけではありません。親友に裏切られて国家反逆罪の……。えっと、何でもないですわ」


 危ない危ない。


 もしかしたらデンバー国の使いの者かもしれない。うっかり口を滑らせたら今度こそ処刑される。


 私は小さく咳払いをし、すまし声で説明することにした。


「お散歩していたら迷い込みまして」

「ほぉ、散歩をして迷い込んだか……」


 これは、嘘がバレている? よし、作戦変更しよう。


「疲れて眠ってしまいましたが、目を覚めたら緑色に光るクモに出会いまして」

「疲れて眠ってしまった、と。しかし、そもそもなぜこの森に入り込んだ?」


 私の説明を絶対に信用していない雰囲気バンバン感じる。とりあえず、イケメンを無視することにするしかない。


「私、ちょっと先を急いでいますので……」


 そそくさと退散しようとしたが、体がピクリとも動かない。


「この森は広大だ。下手に動くと命を落とすぞ!」


 確かにそうだが、この状況でこの場所にいる方が危険な気がした。


「私はビヨルン。ビヨルン・ジットだ。フォスナン国の魔術師である」


 ま、魔術師?


「早朝、デンバー国の兵士二名に連れてこられ若い娘がこの森に侵入したという。私はフクロウを使い手とし探りを入れたのだよ」


 えっと、身バレしている?


「ところで、一体デンバー国では何が起きたのか教えて欲しいのだが?」


 これは完全に危険人物確定! 猛ダッシュするしかない。


「あ、えっと、ちょっと急ぎの用事があるので……」


 そうは言ったものの、体は相変わらず動かない。なんとか重い足を動かそうとしたがやはりダメだった。


「お前の名はイーナ。イーナ・モルセン。違うか?」


 個人情報がだだ洩れということは、本物の魔術師か。


 いやいや、ダナのお父さんの差し金かもしれない。いやいや、緑色に光るクモから煙出たらイケメン登場なんて魔術師しかできない技。


 よし、本物の魔術師なのかテストしてみるか。


「私の家の向かい側に住んでいるのは若い夫婦ですが、お元気でしょうか。早朝から大騒動となり目撃者として連れ去られていないか心配です」


「私の力を試そうとしているのだな」


 イケメンは不敵な笑みを浮かべるとスラスラと喋りだした。


「老夫婦であるハリス夫妻なら無事だ。あの集落で長年にわたり舞踊や芝居を祭りで披露してきたのだから『何も知らない』という演技で間抜けた兵士たちを騙すことは朝飯前だ」


 これは本物だ。本物の魔術師に遭遇したんだ。でも、味方か敵か分からない。


「迷っているのか。私は敵でも味方でもない。ただ言えることは、隣国フォスナン国の魔術師ということだけだ」


 その言葉を聞き、私は観念した。どうやら本当のことを語った方が良さそうだ。


「私はイーナ・モルセン。デンガー国の酒場の娘。何の前触れもなく親友の、いいえ親友だと思っていたダナに裏切られて……」


 そこまで言った途端、怒りがフツフツと湧いてきた。


「あの女、良い人ぶりして自分の出世と条件のいい結婚が出来るよう私を騙してきたんだ! この恨みを晴らすまでは死ねない!」


 空腹を忘れて森に響き渡る大声で叫んだ。イケメンは何も聞かなかったように表情一つ変えない。周囲は相も変わらず静寂だ。これは気まずい。


「いや、信用していた人から裏切られるというのは精神的にキツイです。もうこれ以上キツイことなんて起きなさそうで……」


 それまで無表情だったイケメンが驚いたような顔をした。私は何があったのかと不安を覚えた。


「悪いことか……。酒場は兵士の一団により火を放たれて灰と化している」


 え、どういうこと?


「どうせデンガー国に戻っても居場所はない。命を狙われるだけ。どうする、このまま森にいるか。それとも私についてくるか」

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