第2話 森を彷徨い意識を失う

「アイタタタ……。朝だっていうのに暗いしフクロウは鳴いているし。これじゃ誰も近づかないわけだ」


 立て看板も何もなく周囲を覆いつくす森、死の森に連れてこられた。『近づくだけで災いがその身に降りかかる』と言われ、人々から恐れられ忌み嫌われる場所だ。


「お、お前が連れて行けよ」

「い、いや、お前が連れて行けよ」

「二カ月早く兵士になったから、お前がやれよ


 目の前で繰り広げられる三人の兵士たちのやり取りを呆れながら見ていた。


「そんなに怖いなら、私一人で行くからいいわよ!」


 私がそう言うと、兵士たちは手を叩いて喜んでいる。


「それじゃほら、は、早く入れ」

「自分で行ってくれるなんて、お、恩に着る。オレのばあちゃんが死ぬ間際に『死の森の真ん中に魂が集まる場所がある』って言ってた」

「オレはじいちゃんから『クモに会えたら人生変わる』って聞いたぜ」


 何だか意味不明なことを言い出してきた。ヤバイ、これも呪いの一種か?


「と、とにかく、オレはお前にアドバイスをした。俺には不幸は降りかからない。さぁ、さっさと中に入れ!」

「オレもアドバイスを言うぞ! 大きな緑色のクモに会ったらラッキーだと……」


 なるほど、アドバイスを言ったもん勝ちか。いやいや、これから森の中に入る私はどう考えても生きて戻ってこない。


「はいはい、もういいから」


 兵士から軽く背中を押され、私は森の中へと進んでいった。その様子を見届けることなく兵士たちはそそくさと馬に乗り帰っていく音が聞こえる。


 振り向くと目の前にあったはずの道は消え、周囲は見渡す限り真っ暗な森だ。


 置き去りにされた私は、デンガー国に住んでいる者なら誰もが恐れる死の森の中でポツンと立っているわけだ。


 空を見上げても青空は見えない。


 うっそうとした木々が生い茂り、森の中はずっと夜なのだ。


「お腹減ったな……。食べ物なんてないし。というか、昔話で聞いたことがあったな。死の森には常に空腹で彷徨うオオカミがウロウロしている……」


 しまった。なんてことを思い出したんだろう。ここに連れてこられたということはすなわち死を意味している。


 みんなオオカミや得体のしれないモンスターに食べられる。デンガー国の子ども達は大人からそう言い聞かされて育ってきた。


「ダナのことを考えると本当に嫌になる。でも、私はここで終わる。お父さんとお母さんも無事ではないでしょう……」


 復讐したい気持ちはあるが、もう空腹で意識もうろうとしてきた。しかし、なんでこんな目に遭ったのかだけ死ぬ前に知っておきたい。


 切り株に座りつつ、考えることにした。


「軍の機密情報を漏洩なんて……」


 そもそもデンガー国ではこの百年隣国と戦いを一度も交えていない。向かい側に住むハリス夫妻が、先々代の国王が無戦争を宣言してから平和な日々が続いていると言っていた。


「たしか、医術ギルドや鉱山開発に力を注いだって言ってたな。だから、軍の力は低下しているのを戦好きな現王が問題視していたとハリスさんが言ってた。あれ、これって核心に近いんじゃない?」


 暇すぎて独り言をブツブツ言っていても誰にも聞かれない。


 こうして喋られるのも時間の問題。まだ口が動くから喋ろうか……。


「店に来ていた医術ギルドの人たち、たしかに羽振りよかったな。ダナの父さんは身なりは良いけど余裕なくてプライド高そうで、店が繁盛しているのを面白くなさそうだったし。『酒場なんて』とか平気で言って嫌な思いしたこと何回かあった」


 こうして振り返っていくと、医術ギルドの発達と『アリアナ』の繁盛。それに対してダナの父親が勝手に恨んでいた可能性が高い。


 いやはやかなり迷惑な話だ!


「バカな父娘のせいでモルセン一家は滅亡。デンガーだけでなく隣国のフォスナンの医術ギルドの人たちも大丈夫かしら。悪だくみをした仲間認定されて連行されないかな……」


 小さい頃から医術ギルドの人たちと過ごしてきた。一人一人の顔を思い出す。


 何かしゃべるわけでもなくコインゲームをしたり、カードゲームやボードゲームを教えてもらったのは何歳頃だったかも覚えていない。


「サイコロを振って並べてある6枚のカードから数字が一致するカードを取り出して。あれは最高に面白くて何回もバトルしたけど、フェアリーとモンスターやドラゴンの配置を考えないとすぐに負けた。そうそう、ダナはいつもボロ負けで……」


 思い出したくもないがどうしても過去を振り返ると元親友のダナのことが浮かんでくる。


 そうだ、彼女はボードゲーム全般がからきしダメだった。戦略も立てられない。だから、戦略を立てるノウハウを教えてあげてきた。


「ノートに書いて、陣地作りとか敵の陣地の崩し方やバトルの時の気持ちの持ちようとか。今考えると、酒場の娘がやるような……。あ、あのノートね!」


 ダナがなぜモルセン一家を追いやり、父親が軍師にまで上り詰めたのかぼんやりながら分かってきた。


「軍人として戦略や采配を振るう才能がない父親。娘も全くその才能がない。だけど幼馴染のイーナ、私は戦略を考えるのが得意。戦略のコツをレクチャーする。そのノートをダナに渡す。それを活用して国王に進言して、か。いやいや、そんなバカな話あるの?」


 話し相手が誰一人としていない中、独り言を続けるのはチト寂しいものがあるけど仕方がない。


 喋っていないと意識を失いそのままオオカミにでも食べられ私は死ぬだろう。


「あんなノートで軍師になれるなら、どんだけ国王はバカなんだろう? ま、医術ギルドの人たちも口々に『国王は残念な御方』と言ってたしな。あんなノートで国家反逆罪とか認定されちゃうくらいだもん。おぉ、コワイ」


 ホォー、ホォー、ホォー・・・・・・。


 きっと太陽が出ているのに、フクロウが鳴いている。時間の感覚が狂うしお腹は減るし。太陽も届かないから果物とかならなさそうだし。あぁ、本当に『死の森』にいるんだ。


 ずっとここに座っていても仕方がない。どうせなら冥途の土産に森の奥へと進んでいくか。


「あれ、そういえば素足なのになんで痛くならないんだろう? お腹がすきすぎておかしくなったのかな?」


 真っ暗な中を歩いても木にぶつからない。それに、やっぱりおかしい。かなりおかしい。


 フクロウがずっと鳴いているけど、聞こえてくる方角が少しずつ変わっている。飛んでいる様子もないし。何だろう、監視されている?


 ホォー、ホォー、ホォー。


「もしも~し、フクロウさん! 誰かから監視を命じられているんですか? 私は反抗する気ゼロです。もう行き倒れる運命です。避けられませんよね、この運命……」

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