第1話 大親友の裏切り

「イーナ、これまでの数々のヒントをありがとう。でもね、もうあなたの役目は終わりよ。私の目の前から永久に去りなさい。このデンガー国の軍師の娘であるダナサンターレ様の前から!」


 グラスや酒瓶が散乱する店内で、大親友のダナが冷酷に言い放つ。いや、正しくは『昨日まで大親友だったダナ』だ。


 私は酒場「アリアナ」の娘イーナ・モルセン、18歳。


 医術ギルドのたまり場としてこの辺りではちょっと名の知れた酒場。忙しく切り盛りしている両親の手伝いをしながら慎ましやかに暮らしていた。


 それなのに平穏な日々が突如崩れた。


 思い起こせば今から3時間前のこと……。


「逃げなさい! いいから逃げなさい!」


そう言いながら向かい側に住んでいる老夫婦がものすごい勢いで戸を叩く音で目が覚めた。


 何事かと窓を開け外を見ると、遠くから馬の大群が押し寄せる音が聞こえてくる。別室の両親は飛び起きて叫んだ。


「イーナ、あなたは早くワインの貯蔵庫に身を潜めて! 何があっても出てはいけないぞ。ハリスさんも危ないから家に戻ってください! 何事もなかったように。早く!」


 私は慌てて『秘密の隠れ家』である貯蔵庫に隠れる。不思議なことにどこからともなくカモミールの匂いがしてきたが、一輪も見当たらない。その数分後には兵隊がものすごい勢いで店になだれ込んでくるのをすき間から見た。


 あれはダナのお父さん、近衛隊長所属の兵士達がなぜ?


「モルセン夫妻、おぬしたちは神聖なるデンガー国及び偉大なるプリモス13世に対し裏切り行為を行っていた。よって国家反逆罪の罪状で逮捕する」


 罪状が記されている白い紙を掲げた兵隊が腕を降ろすと後ろに控えていた兵士十人が飛び出し、無防備なお父さんとお母さんに飛び掛かり外へと連れ出そうとした。


 父さん! 母さん!


 信じられないような光景を目の当たりにした私は助けに行こうとしたが、その瞬間、振り向いた母さんの目と合った。


(こっちに来てはいけません。イーナ、生き抜いて!)


 言葉にはしないが気持ちが不思議と伝わってきた。


 そして、抵抗もしない無実の二人を乗せた馬車が遠ざかっていくのを黙って聞くしかなかった。


 声を押し殺して涙を流していると、今度は若い女の声が聞こえてきた。


「ご苦労様。あとはイーナを見つけないと」

「しかし、夫妻だけでいいのではないでしょうか?」

「お黙り! あいつを追い出す必要があるの。絶対に見つけだしなさい!」

「承知いたしました! ダナお嬢様」


 ダナ? ダナお嬢様? どういうこと?


 すき間からのぞいていると、親友のダナその人だった。


 信じたくはなかったが、どうやら両親連行とダナが関係しているのは明らかだった。


「なるほどね。きっとあそこよ」


 ダナは私が隠れる貯蔵庫をゆっくりと指さした。すき間から捜索活動の行方を見守っていた私は、慌ててさらに奥へと隠れた。  


 ギギギ、ギギ……。


 兵士が戸を開けてロウソクで真っ暗闇の貯蔵庫の中を照らした。


「お嬢様、見当たりませんが」

「間抜けね。こういう時は中に入って探し出すのが鉄則でしょう。あの奥よ。絶対にいるわ!」


 小さい頃から秘密基地で遊んでいるダナだ。私の居場所を簡単に見破る。黙って捕まるよりは、自ら出て対峙した方がまだまし。


 そう思って意を決した私は飛び出した。


「ダナ! これはどういうことなの? 説明してもらおうじゃない!」

「あら、自分から出てくるなんて勇者気取り? まあいいわ。モルセン一家は国家反逆罪の罪で逮捕される。そういうことよ」


  全く身に覚えのない罪だ。それを親友の口から言われるなど誰が想像できるだろうか。


「どうしてそんな大罪を? 私の両親を知っているなら、そんなことを考る人たちではないことくらい分かっているでしょう!」

「私、優しいから教えてあげる。軍事機密をこの酒場にくる近隣国の人たちに伝えていると。それがものすご~く問題視されたわけ」


 酒場には近隣で商いをする人たちが集まる。それを利用し、隣国に軍事情報を流していると国王に嘘の話をし、早朝から近衛隊長のサンターレの部下たちが「反逆罪」の罪で私の両親を連行。そういうことなのだろう。


 私もデンガー国を転覆する一味とみなされ、連行される運命にある。


 その前に、元親友としてダナがお別れの挨拶にきたというバカバカしい茶番に付き合いたくなかった。


 「もういいから。あなたの欲深さは十分わかった。それにしても自分が情けない。親友と思っていた女がケダモノみたいな、いいえ、ケダモノ以下の人間だったと見抜けなかったなんて!」

「何とでも言いなさい。私は軍師の娘ダナ・サンターレよ!」

「軍師? そんなバカな。何か起きない限り序列が厳しいこの国でダナのお父さんが軍師になんてなれるはず……。まさか、私たちを罠にはめた?」

「あら、カンが冴えていること」


 ダナと彼女の父親サンターレ隊長の出世欲に目がくらんだ。その代償として私たちモルセン家はこの世から抹消される。どうやらそのようだ。


 しかし、たかが酒場を営んでいる家族を連行していきなり軍師にまで出世できた理由がサッパリ分からない。


 軍事機密なんて無縁なのに、どうして無謀な嘘がまかり通ったのか見当もつかない。


 屈強な兵士たちに取り囲まれたイーナはダナを睨みつけた。

 

「よくも、よくもこんなことを……。いつから私を、両親を陥れることを考えていたの!」

「それはヒ・ミ・ツ。ただし、これだけは教えてあげる。あんたは自分の力を全く理解していないから、私がその力をしっかり活用することにしたの。だって勿体ないでしょう?」


 力? 私にどんな力があるのかしら……。


「本当におバカさんね! かわいそうなイーナ。まぁいいわ。あなたが顔がいいだけの間抜けさんのおかげでパパも大出世できたわけだし。そして私は軍師の愛娘として上級貴族との結婚も夢でなくなったの。感謝しているわよ」


 オホホとダナの笑い声が響く中、必至に過去を振り返ってもダナの言う『力』が全く思い浮かばない。


よくやっていること。よくやっていること……。力比べとか? いや、そんなわけないか。力、強い、強いと言えばボードゲームくらい……。


 私の大好きなものと言えば物心ついた頃から酒場に来たお客さんと一緒にプレイするカードゲームやボードゲームくらい。


 小さい頃から無敵。いくつもの大会で優勝し、噂を聞きつけてわざわざ遠い国から挑戦しに来る客もいたくらいだった。


『力』で思い当たるのはそれくらいだ。


「ボードゲーム?」


 かつての親友に向かって叫ぶと、ダナの顔が一瞬ひきつった。どうやら当たりのようだ。


「もういいわ、さっさと連れて行きなさい!」

「ど、どこに連れて行く気なの!」

「フフフ、私にも慈悲があるの。殺しはしないわ。『死の森』にお連れしてあげるから楽しみにしてね」


 赤いベルベットのコートをまとい、立派な白馬にまたがるダナが下品な笑い声を響かせ、十人の兵士を引き連れて去って行った。


 こうして私イーナ・モルセンは東の空が明るくなり始めた朝、デンガー国への反逆罪の汚名を着せられ人々が恐れる『死の森』へ追放されることになったのだ。

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