第2話




「おはよう、鬼頭くん。良い朝ね」

「——————」



 次の日、通学路を歩いていた俺に声を掛けてきたのは昨日の地味女だった。こちらに目を合わせずいきなり隣から声を掛けてきた所為で驚きで声が出ないが、一体どういう魂胆なのだろうか。


 俺はわざとその挨拶を無視しながらスタスタと歩き続ける。



「無視するなんて酷いわね。これでも結構勇気を出したのだけれど」

「………………」

「正直、今日は学校を休むかと思ってた。案外タフなのね」

「………………」

「今日は夕方から雨が降るらしいわ。鬼頭くん、傘は持って———」

「———あのさ、お前いったいなんなの?」



 いい加減、立ち止まった俺は我慢出来ずに地味女もとい桂花院へ視線を合せながら声を掛ける。どうやら陰キャな見た目の割にお喋りのようだ。昨日といい今日といい、どうして無関係な俺にわざわざ話し掛けて来るのか。


 自分で言ってはなんだが、俺はピアス穴を何個も開けているし黒髪に染めたとはいえ髪を遊ばせているチャラ男だ。この鋭い目で子供を泣かせたことだってある。そんな俺に話し掛けてくるだなんて肝が据わっているのか、はたまた考えなしなのか……。


 桂花院の見た目と行動が一致しないギャップに多少戸惑いつつも、俺は言葉を続けた。



「俺に話し掛けんじゃねぇよ、地味女」

「うわぁ、辛辣ね。それでね鬼頭くん、今日の体育の時———」

「しれっと会話続けようとしてんじゃねぇ!?」



 歩きながら軽く流されてしまったので思わず声を荒げてしまう俺。先程彼女は俺のことをタフだと口にしていたが、まさにそれはこちらの台詞セリフである。


 とはいえ結構キツイことを言っている自覚があるのだが、もしや彼女、見た目に依らずメンタルお化けなのだろうか。一応、さらに念を押す必要がある。



「遠回しに目障りだって言ってんのがわかんねぇのか?」

「………………」

「同情だか憐れみだか知らねぇけどよ、自己満で勝手に俺の周りをうろちょろされたらメーワクなんだよ」

「………………」

「しかもカワイー美少女ならまだしも、お前みたいな友達一人もいなさそうなジメジメしてる地味女が……っ」



 ここまで言って、俺はふと言葉を止める。ちらりと桂花院の方を見てみると分厚い牛乳瓶みたいな眼鏡、長い前髪で表情が伺えないが、俯いたまま微動だにしていない。


 しまった、とその様子を見た俺は思わず心が騒めいてしまう。



(やばい、流石に言い過ぎたか……っ?)



 俺から突き放す為とはいえ、ここまでキツい物言いをする必要はなかったと後悔する。彼女とは昨日初めて話したばかりなのだ。俺の近くにいると嫌がらせが桂花院にも及ぶかもしれないということを簡単に伝えるだけで良かったのに、どうして俺はこうも間違えるのか。


 しかし、一度口に出してしまったことは取り消せない。俺は軽く溜息を吐きながらもう二度と話しかけるなと伝えようとするが———、



「不器用なのね、貴方」

「あ?」

「目つきが怖くて、口も悪くて———だけど優しい」

「なっ……!」

「私が鬼頭くんに話し掛けると、私に迷惑がかかるしれないって心配してくれているのでしょう?」

「お前に俺の何がわかって……!」

「わかるわ」



 心を見透かされた気がしてまたも声を荒げそうになるが、ぴしゃりと桂花院に遮られる。俺は思わず訝しげな表情を浮かべながら眉を顰めた。


 淡々と述べた彼女の表情は相変わらず分からないままだ。同じクラスとはいえ、一度も言葉を交わしたことがなかったのにそこまで言い切る根拠は何かあるのだろうか。


 やがて、桂花院は次のように言葉を続けた。



「だって———鬼頭くんのこと、目でずっと追っていたから」

「は?」

「一目惚れ、っていうのかしら?」

「は、はぁ!?」



 いったい、目の前の地味女は何を言っているのだろう。目で追っていたやら、一目惚れやら、色々と脳内処理が追いつかない。


 もしかして冗談なのだろうか。



「私、人を観察するのが大好きなのよ」

「へ、へぇ、そうなのか」

「まぁウソなのだけれど」

「おい」



 動揺中に急に掌返しをされてドスの効いた声が出てしまったが、彼女はすぐさま何食わないような顔で口を開く。



「私って嘘つきなの。だけど、一目惚れっていうのは本当。これだけは信じて欲しいわ」

「……お前は、何がしたいんだよ」

「好きな人が孤立しそうになっているんだもの。少しでも側にいたいって思うのはダメかしら?」

「う……」

「あと、あわよくば私のことを好きになって欲しいわ」



 桂花院が俺に近づいてきた理由はわかったが、最後のほうが色々と台無しである。


 寝取ろうとした、という噂も元々は俺自身が撒いた種。そんな状況の中、俺を思ってくれる気持ちはありがたいのだが、残念ながら彼女が最後に言った内容は叶えられそうにない。


 ———というのも、俺がまだ親友の幼馴染のことが好きだからだ。あんなことがあって避けられたまま中学を卒業してしまったと云えど、俺の中に巣食う初恋はそう簡単に消えてくれない。あと大変失礼なので言葉にはしないが、単純に桂花院の見た目が俺のストライクゾーンから外れている。


 とはいえ、こんな最低な俺に対しそう言ってくれている女子を無碍にする訳にはいかない。それでも突き放すという選択をするのは、なんだか違うような気がした。


 そう思った俺がなんとか絞り出せたのはこんな言葉だった。



「……ったく、勝手にしろ」

「! えぇ、そうするわ。…………やったっ」

「?」

「とはいえ、いきなり教室で話し掛けるのは鬼頭くんに余計な不安や心配をかけてしまうわね」

「俺の気持ちを代弁するんじゃねぇ」

「そうだ。休み時間や放課後、図書室でお話しするっていうのはどうかしら?」

「なんで図書室?」

「私、図書委員だから。しかも滅多に生徒が来ないから実質私と貴方の二人っきりよ?」

「いや言い方」



 その二人っきりという言葉にどこか生々しさがあるのは、桂花院からの好意を耳にした所為だろうか。


 はぁ、と軽く溜息を吐いた俺は聞こえるか聞こえないか位の声量でそっと呟いた。



「……ま、気が向いたら行く」

「えぇ、待ってるわ」



 心なしか通常より声を弾ませたような桂花院からそのような返事を聞き届けると、俺らは別々に高校へと歩みを進めたのであった。






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