緩やかな絶望
イサリアと共に、大急ぎで村長の家へ向かう。ボルグの制止する声が聞こえたが、気にする余裕はなかった。
幸いと言うべきか、村長の家の前には兵士が立っていない。すんなり中に入れそうだ。
家に入ると、まず赤いマントを
さらにその奥には、村長がむっつりとした表情で丸椅子に座っている。彼の両脇には
「急にやってきたと思ったら、いきなり倍の税を払えだと!? てめぇ、ふざけてんのか!!」
「ふざけてなどいませんよ」
あとから聞いたのだが、あの赤いマントは領主の直属の部下であることを示すためのものらしい。
徴収官は冷笑しながらさらに言葉を続ける。
「事情は先ほどご説明した通りですが。我が
「一つも理由になってねぇ!! 『ただならぬ情勢を憂い』だぁ……!? いったい領主サマは何にビクビクしてんのか言ってみろや、コラ!!」
「我が主の
「テメェ……!!」
ショウドが羽交い絞めにしていた村人たちを力ずくで引き
まずい。徴収官を殴るつもりだ。
確かにあいつの態度はムカつくが、ここで暴力を振るっても絶対に何もいいことはない。
こちらが一発殴れば、相手に正当防衛の名目を与えることになる。そうなれば、ショウドは兵士に槍で突かれ剣で切られ、たちまち殺されてしまうだろう。
ショウドが怒りに任せて拳を振り上げる。
「――いっぺん、痛い目を見ねえと分からんみたいだな」
「ヒッ……!?」
先ほどまでの冷笑が吹き飛び、一転して情けない悲鳴を上げる徴収官。まさか自分が殴られるとは夢にも思っていなかったらしい。
「ショウドさん、やめ――」
俺がショウドを止めようとした次の瞬間。
「――やめんか馬鹿者っ!!」
誰かが俺より先に、とんでもない大声でショウドを制止した。
声がしたほうを見ると、村長が椅子から立ち上がっている。
え……? 今のとんでもない怒鳴り声、村長が出したのか?
この一ヶ月で会った限りではニコニコ笑ってばかりの温厚なじいさんって印象なのに、あんなに大きな声を出せるなんて驚いてしまった。
村長はゆっくりと椅子に座り直し、ショウドをジロリと
「お前の短気のせいで、多くの仲間たちを危険にさらすところだった。気持ちは分かるが、二度とあんな真似をするでない」
「……でもよ、村長」
ショウドは何かを反論しようとしたが、村長の鋭い目を見ると悔しそうな顔で「分かったよ……」と言った。
すげぇな村長……ブチギレ状態だったショウドを一発で下がらせたぞ。
続いて村長は、徴収官に向かって言う。
「村の倉庫に小麦と
「なっ……!?」
その言葉に息を
俺も驚いてしまった。そしてそれは、すぐ後ろにいるイサリアも同じだろう。
村長は暴力に訴えないまでも、せめて話し合いなどでなんらかの抗議をするものだと思っていた。それなのに、向こうの命令を素直に聞くなんて……
村の備蓄はたかが知れているが、それでも村人たちが冬を越すための大切な物資だ。そんなこと、新参者の俺でも知ってる。
それを渡してしまえば、今年の冬は
しかも、今年は畑が荒らされた事件のせいで収穫できる作物も減っている。そのうえ、税の徴収はもう一回あるのだ。
俺は村長の顔を見つめたが、彼は力なく首を横に振るだけだった。
……
確かに村は兵士に囲まれている。ここで少しでも徴収官の機嫌を損ねたら、何をされるか分かったもんじゃない。
――でも、これでいいのかよ?
「素直なのはよろしいことですね。ハッハッハッ!」
シーンとした室内に、徴収官の高笑いが響いた。
◇ ◇ ◇
徴収官と兵士たちは村の倉庫にあった備蓄を丸ごと奪い、何台もの馬車で偉そうに引き
去り際に馬車の中から聞こえた徴収官の勝ち誇った笑い声が耳に残っている。あんなにムカつく奴は初めて見たよ、まったく。
徴収官たちが帰ったあと、村長の一声によって村人たちが広場に集められた。
全員が集合したあと、村長の口から何があったのかの説明がされる。
それを聞いた村人たちは怒ったり、
「村長、これからどうすんだよ?」
ショウドがみんなの気持ちを代表して問いただす。
村長はその言葉に対し、沈痛な表情で答えた。
「今年獲れる作物は、次の徴税で全て取られてしまうからアテにならん。今のうちから食料を節約して、なんとか食いつないで冬を越すしかなかろう」
すると、ショウドが信じられないとばかりに目を
「おいおい冗談だろ……! そりゃないぜ村長! 何か策があると思ったからさっきは黙ってたのに、結局言いなりになっただけってことかよ!?」
「だが従わなければ殺されていたかもしれないのだぞ! あの兵の数はお前も見ただろう!」
「だからって食料がなければ死んじまうのは同じじゃねえか! どうせ死ぬなら戦って死んだほうがマシだ!」
「だから短絡的な考え方はやめんかっ! みんなで話し合えばきっと――」
その後も村長とショウドの言い争いは続く。
さすがに止めたほうがいいよな、と思ったそのとき――
「おい、なんだよアレ」
村人の一人がそんな声を上げた。見れば、村の入口を指差している。
気になってそちらに目をやると――なんと、馬車がこちらに向かってやってきているではないか。
まさか徴収官が戻ってきたのか? と思ったが、どうやら違うようだ。
見たところ馬車は一台だけだったし、遠くから見ても分かるほどボロい。
そしてその馬車は浅黒い肌の大男が運転していて――
「フンフンフ~ン♪ ウーゴは行くよ、どこまでも~♪」
下手くそな
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