最悪の未来

「ん?」

 森のヌシ騒動から数日後。朝の畑仕事を終え、イサリアの家で優雅に昼寝をしていたときのことだった。

 ガッチャガッチャという、村には似つかわしくない音がして目を覚ます。

 続いて、部屋の窓から不安そうに外をのぞくイサリアの姿が見えた。

「イサリア、どうしたんだ? それにこの音はいったい……」

「あ、トーアさん。起きたんですね。実は、徴収官ちょうしゅうかんの方がいらしたみたいなんです」

「徴収官?」

 それって、税を取り立てる奴のことだよな。

「あれ? でも次の税の取り立てまでにはまだ時間があるって聞いたような……」

 そう。一ヶ月前にイサリアがそんなことを言っていたはず。

 イサリアは困惑した顔で返答する。

「ええ。少なくともあと一ヶ月後は来ないと思っていたんですけど……どうしたんでしょう?」

 なるほど。この時期の徴収官の来訪は、イサリアにとっても突然のことらしい。

 俺はベッドから起き上がり、イサリアの隣に移動して窓の外をうかがってみる。

「うわぁ……」

 なんだあの兵士の量。

 ざっと見た限り、よろいに身をつつんだ兵士たちが五十人くらい村中を闊歩かっぽしていた。ガチャガチャって音は鎧がこすれる音だったのね。

「たかが税の取り立てに、あんなに兵士が付いてくるのか? 旅の護衛にしちゃ過剰だろ」

「いえ……いつもはもっと少ないです。そこも変なんですよね」

 ふ~ん……ちょっと気になるな。

 もしかしたら何か大きな事件が起きようとしているのかもしれない。

 ここはひとつ、事情を探ってみるか。


 ◇ ◇ ◇


 突然の徴収官と兵士の来訪の真相を探るべく、家を出てそこら辺を歩いてみる。

 イサリアには中で待っているように言ったが、「トーアさんだけだと心配ですから」と言って一緒に付いてきた。

 頼りないのかな、俺……と思わなくもないが、正直心強い。

 ちなみにレームは森へ遊びに出かけているから不在だ。「クマノオジサント アソンデクル!」と言っていたから元・森のヌシに会いに行ったのだろう。


 広場に移動し、とりあえず近くにいた兵士の一人に話しかけてみる。

「あの~……」

「む、なんだ貴様! 不敬だぞ!!」

「ひえぇっ!?」

 いきなり槍を突き付けられた!?

「ふ、不敬なことなんて一つもしてませんけど!?」

「その身なりが不敬だと言うのだ、汚らわしい!」

 外見から否定かよ!?

 俺、そこまで汚い格好なんてしてないと思うんだけどな……服だって洗濯して毎日着替えてるし、お風呂だって入ってるし。

 居丈高いたけだかな兵士から慌てて退散したあと、他の何人かにも話を聞こうとする。

 しかしどいつも似たような反応で、「あっちに行け」と取り付く島もなかった。

 どうやら、兵士たちは村人のことを見下しているらしい。この態度を見るに、兵士と村人のみぞはかなり深そうだ。

 と、そのとき。広場のはしっこのほうでかぶとを脱いで地面にどっかり座って休憩している兵士を見つけた。ぼんやりとして、広場を飛ぶトンボを目で追いかけている。

 ……あいつだったら話が通じるか?

 なんとなくそう思い、その兵士に近付いてみる。

「あの~……こんにちは」

「ん? 前にこの村に来たときは見なかった顔だな。新入りかい?」

 お、ちゃんと会話ができそうだぞ。

「はい。わけあって先月からここでお世話になっているんです」

「元旅人ってところか。じゃあこの村の事情もあまり分からないだろ、危ないから家に帰っておとなしくしてるといい」

「危ない……というと?」

「うちの隊は貴族の出身が多いからな。平民への接し方が酷いんだ。流石に殺されはしないが、ウロチョロしてると絡まれるぞ」

 ああ、なるほど。身分意識のせいであんなに傲慢ごうまんな態度だったんだな。

「でも、あなたは普通に俺と会話してくれますよね。ひょっとして平民出身の方だったり?」

「いや、俺も下級貴族のだが……身分とかにはあんまりこだわりがないんだ」

 へぇ、貴族と言ってもいろんな考え方の人がいるんだな。

「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はボルグという。ジュウラ領直轄ちょっかつ、ライズ軍の第一中隊――つまり、ここの兵隊の下っ端さ」

「あ、俺はトーアと言います」

 ただの村人相手に自己紹介とは……随分ずいぶんと礼儀正しいな、この人。

 思ったよりいい人そうだし、もう少し話を聞いてみるか。

「ところで、なんで徴収官の方が村にいらしたんですか? 次の徴税まではまだ時間があるって聞きましたけど」

「実は領主様の命令でな。今年は二回、税を取り立てるらしい」

「に、二回ですか……!?」

 ボルグの回答を聞いてそう声を上げたのは、俺ではなくイサリアだった。

 ボルグはイサリアのほうを見て首を傾げる。

「そちらのお嬢ちゃんは前にも見かけたな」

「あ、すみません……私はイサリアと言います。それで、二回取り立てるというのは……例年の税を半分ずつ取り立てるということでしょうか?」

「いや、残念ながらそれは違う。

「なっ……!?」

 つまり今年は税を倍取り立てるってことかよ!?

 以前、村人のショウドが「ジュウラ領の税は重いんだ」って愚痴ぐちっていたことを思い出す。

 それなのに、今年からいきなり二倍だと? 流石さすがに急すぎる話だし、村人から反発を買うに決まっている。


 ……ああ、そうか。だからこの人数なのか。

 反抗しようとする村人たちを力ずくで黙らせるために、この兵士たちは同行しているのだ。

 ボルグが「危ない」と言った理由はもう一つあったってわけか。

 だが、ハテノ村はそんなにたくわえがある村じゃない。例年の倍の納税なんて、とてもじゃないができないだろう。

 ――やばい。最悪の未来が想像できてしまう。


 予感は嫌なものほど当たりやすいという格言はよく言ったもので、嬉しくないことに今回もそんな例に漏れず的中してしまったようだ。

「――なんだとっ!! テメェ、もういっぺん言ってみろ!!」

 ショウドのとてつもない怒鳴り声が、村長の家から聞こえてきたのである。

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