レームの力・その2――「疎通」

「レーム!」

 慌てて隠れていた家を飛び出し、レームのそばへ一目散に駆け寄る。

「なにしてるんだお前! まさか昼の会話を聞いていたのか!? いや、そんなことはどうでもいい、ここは危ないから早く帰って――」

 そのとき、レームが森のヌシを指差しながら口を開いた。

「トーア。コノコ、ワルイコトシテル?」

「は?」

 この子って……ヌシのことを言っているのか?

「あ、ああ。確かにそいつは畑を荒らす悪い奴だけど、それ以上に怖くて危険なんだ。だからさっさとここを離れ――おいっ!?」

「ワルイコトシチャ、ダメ!」

 突然レームがヌシの目の前に立ちはだかり、大声を出した。

 慌ててレームを引き戻そうとしたとき――ヌシがのっそりと直立する。

 でっかい。最初は三メートルほどかと思ったけど、立たれたら全長はそれどころではない。下手したら五メートル級だ。

 ヌシはゆっくりと口を開け――

「ガアアアアアアアア!!」

 とんでもなく大きな咆哮ほうこうを上げた。

 そのあまりの迫力に、俺は腰を抜かして尻もちをついてしまう。

 ……いや、魔物こっわ!!

 ヤバすぎる。正直軽い気持ちで魔物退治に参加したけど、こんなに怖いとは思わなかった。こいつが森のヌシっていうのもあるだろうが、この迫力は尋常じんじょうではない。

 しかし、驚くべきことにレームはまったくひるまず言い返した。

「ワガママイッチャダメ! ココノタベモノハ タベナイデ!」

「グルルルル……」

「ダカラ、ダメ! コレハ ダイジナタベモノナノ!」

 ……ちょっと待て。レーム、森のヌシと会話してない?

「ガアアアァァッ!」

「キミモ、ジブンノ タベモノヲ タベラレタラ オコルデショ? ソレトオナジ!」

「グルゥ……」

 やっぱりそうだ。

 レームはどうやら、魔物の言葉が分かるらしい。

 もしかしたら、これもレームの能力なのか?

 ともかく希望が出てきた。これなら、この魔物を安全に追っ払えるかもしれない!


 俺はレームのそばに跪いて話しかける。

「レーム。お前、あいつが何言ってるか分かるんだよな?」

「ウン。モリノタベモノガ イツモヨリスクナイカラ、エサバヲ サガシニキタ ッテイッテル」

 餌場えさばを探しに、ね……それでこの村の畑を見つけたってわけか。

「なあ、なんとか帰ってもらうように言ってみてくれないか?」

「ワカッタ!」

 レームは森のヌシに俺が言ったことをそのまま人間の言葉で伝える。

 だが、どういうわけかその意味はヌシにも理解できるようだ。

 これは多分、ヌシに人間の言葉が分かっているというわけではない。、奴には意味が理解できているのだ。

 それは逆に言えば、理由にもなっている。

 

 おそらくそれが、レームに秘められた二つ目の能力なのだ。


「グルル……ゴアアァ!」

「『ソンナコトデキナイ、ココハ ジブンノナワバリダ!』ッテイッテル」

「そうか……」

 弱ったな。森のヌシはすっかりここを気に入ってしまったみたいだ。

「ガルルル。グルゥ……グッグッグッ」

「『ドウシテモトイウナラ、チカラヅクデ オイカエシテミロ。ヒヨワナニンゲンデハ、トテモムリダロウガナ……グッグッグッ』」

 最後のはヌシの笑い声か? 変な笑い方だな……

 いや、そんなことはどうでもいい。このままでは結局、戦いが始まってしまう……そう考えていたとき、レームが服のすそを引っ張ってきた。

「トーア。アノコ、ワルイコトシテル。シカラナイト」

𠮟しからないと……って言ってもな。あいつと戦ったらみんなの命が危ないんだ」

「トーアデモムリ?」

「生きたまま追い返すのはちょっと……」

 そう答えたら、レームはにっこりと無邪気むじゃきな笑みを浮かべる。

「ジャア、ボクガシカッテアゲル!」

「え? おい待て――」

 俺が止める前にレームは森のヌシの目の前に駆けだし――

「ガルゥ? グッグッグッ」

「エイッ」

「グヒィン!?」

 なんと、ぴょんっと跳躍ちょうやくしてヌシの顎下あごしたを蹴り上げた。

 完全に不意打ちだったのか、ヌシの顎が高く跳ね上がって上体をのけぞらせる。そしてズズゥンとその場に倒れ伏した。

「コレデワカッタ? ワルイコトハシチャダメ!」

 体をピクピクさせるヌシに言い聞かせるレーム。

 その光景を見ていた俺は、口をあんぐりと開けていた。

 ……レーム、強くね?

 そういえばこいつ、前にでっかい木を軽々と持ち上げてたっけ。怪力なのは知っていたけど、戦闘面でも強かったのかよ。

 何はともあれこれで一件落着かと思ったが、森のヌシがよろよろと立ち上がった。

 やはりボスというだけあって、相当にタフらしい。

 俺は森のヌシの次の行動に警戒する。つめで攻撃してくるか? それとも噛みついてくるか?

 しかし、ヌシは予想外の行動に出た。レームの前にひれ伏したのだ。

「グルル……キュウン、キューン」

「エ、イイノ? ヤッター!」

 先ほどとはまるで違うヌシの弱々しい鳴き声を聞いて、レームがいきなり喜びだした。

「れ、レーム。いったいどうしたんだ?」

「キイテトーア! コノコ、『モウニドト ココニハキマセン』ッテイッテル!」

「ほ、本当か!?」

 どうやら森のヌシはレームの力に恐れをなしたようだ。

 ……と思ったが、事態はもっと変な方向に転がっていた。

「ウン。アトネ、コウイッテルノ。『ジブンヲ イチゲキデタオシタ アナタノ ツヨサニ、イタクカンプクシマシタ』」

「……ん?」

「『アナタコソ ツギノヌシニ フサワシイ』……ダッテ! ボク、ヌシニナッチャッタ!」

「……えぇ?」


 ◇ ◇ ◇


 これはあとから聞いた話だが。

 森のヌシが代替わりする条件は二つあるそうだ。

 一つ目は、戦いや病気で先代のヌシが死んだ際に起きる、次のヌシの座を巡る戦いに勝利した場合。ショウドが心配していたのはこの戦いのことだ。

 そして二つ目。先代のヌシが力を認め、後任にヌシの座をたくす場合。

 レームは図らずとも、後者のケースに該当してしまった……そんなことある?


 ◇ ◇ ◇


「バイバーイ!」

「ガルルッ!」

 のっそのっそと森へ帰っていく元・森のヌシに元気よく手を振る新・森のヌシ――もとい、レーム。

 森の新しいボスとなった小さな土人形は、自分が重大な立場に就いてしまったことなどまったく分かっていないかのように、天真爛漫てんしんらんまんな笑顔で俺を見上げた。

「トーア、ボクガンバッタ! エライ? エライ?」

「……ああ、お前は偉いよ」

 最初はどうなるかと思ったが、今回は確かにレームのお手柄だ。

 勝手に飛び出したことはあとで叱るとしても、今はめてあげないとな。

 俺が頭をでてやると、レームは嬉しそうに笑ったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 思わぬ形で決着を見た、今回の森のヌシによる畑荒らし騒動。

 血が一滴も流れずに解決したのは喜ばしいことだったが、しかし、今回の被害は村にとって大きな痛手となった。

 そしてそんなときに限って、最悪の展開が起きてしまう。

 荒らされた畑をまだ完全に修復し終わってないにもかかわらず、領主からの使いとして、税の徴収官ちょうしゅうかんが兵士を連れてやってきたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る