森のヌシ

 その日の夜。

 予定通り、ショウドや村の他の男たちと一緒に事件現場――ショウドの畑に集合した。

 警戒していることがバレないよう、近くの家屋に隠れておく。そして問題の魔物がやってくるのを、息をひそめて待った。

 魔物を待つ間、ショウドが今後の作戦について話してくれた。

が現れたら、しばらくは泳がせておく。奴がえさに夢中になっているところを一気に囲んで始末するんだ」

包囲網ほういもうを敷くってことですか。でも暴れられたり、抜けられたりしたらどうするんですか?」

「そこは大丈夫だ。動きを封じるために、こいつを使うからな」

 そう言ってショウドが見せてきたのは、漁師が魚を採るときに使うようなネットだった。

「こういうときに使う用の特別なあみだ。魔力が込められてあってな、並みの魔物じゃ絶対に破けねえようにできてる。こいつをぶん投げて上からかぶせ、もがいてるところを袋叩ふくろだたきって寸法よ」

 なるほどね……古典的だが、意外と効果はありそうだ。

 ま、たとえ網で動きを止められなくても原初の魔法で燃やせばいいか。

 俺はそんな楽観的な考えを抱きつつ、魔物が来るのを待った。


 ◇ ◇ ◇


 それから何時間か経った頃。

 突然ショウドが緊迫した調子で呟いた。

「――来たっ」

「んがっ?」

 その声を聞いて、船をいでいた俺は目を覚ます。

 やっと来たのか……全然姿を現さないからすっかり気が抜けていたよ。

 あくびを噛み殺しつつ、ショウドの畑のほうを見てみると――

「……でかくないですか?」

 軽く三メートルはありそうな物体がうごうごと畑の土を掘っていた。

 なんだあれ……くまか? 暗いから分かりづらいけど、フォルムはそんな感じだ。

 ショウドはその魔物を見て、チッと舌打ちした。

「ひょっとしたらとは思ったが、最悪の予想が当たっちまったか……」

「最悪の予想って?」

「ありゃ、森のヌシだ」

 ヌシですと?

 首を傾げる俺に、ショウドがさらに説明する。

「村の外に広がる森にむ魔物たちのボスだよ。もう何年も前から森に君臨する、とんでもねぇ巨体の熊さ」

「へぇ……で、何が最悪なんですか?」

「まず、単純にものすごく強い。こんな網はもう役に立たねぇだろうな」

 そう言ってショウドは持っていた網をあっさり投げ捨てた。

 えぇ……いきなり作戦破綻はたんかよ。

 でもショウドはさっき、「並みの魔物じゃ絶対に破けない」と言ってたっけな。つまり、あの巨大な熊は並みの実力じゃないってことか。

「そしてもっと厄介なのが――」

「ま、大丈夫ですよ。俺がちょちょいのちょいで退治しますから」

 俺はショウドの言葉をさえぎり、手のひらを森のヌシに向けて構える。そして原初の魔法を使おうとして――

「人の話は最後まで聞け!」

「ぐへぇっ!」

 襟首えりくびつかまれて引き戻されてしまった。

「な、何するんですか」

「そりゃこっちのセリフだ、馬鹿。いいか? お前さんにどれほどの力があるか分からないけどよ、退

「はぁ?」

 なんだそれ。やっつけることがアウトってどういうことだ?

 ショウドは「いいか?」と前置きして話し始める。

「森の魔物を従えていたヌシが突然死んでしまうと、次のヌシを決めるための争いが魔物の間で起こる。その争いは大規模かつ熾烈しれつなもので、ヌシが決まるまでの間に人間が森に立ち入ったら命の保証がないほどなんだ」

「えぇっ?」

「だから、森のヌシは見つけても殺しちゃいけねぇっていうルールが、この村には昔から存在する。ひい爺さんの代にかつて一度だけそのルールを破ったことがあったらしいが、そのときは魔物の争いが激化してスタンピードが発生し、村がそれに巻き込まれて半壊状態におちいったそうだ」

 スタンピード……魔物たちがパニックになって村へ押し寄せたってことか? 確かにそれは危険そうだ。


 ということは、殺さずに追い返すしかないってこと?

 えぇ~……原初の魔法、また役に立たねぇじゃん。だってあらゆる物体を灰にする効果なんだもん。生かした状態で撃退するのは無理だ。

 意外と使い勝手が悪いよな、この魔法……

「じゃあ、どうするんですか?」

「なんとか殺さずに追い払うしかないが、かなり危険な仕事になるだろうな。村人の何人かが犠牲ぎせいになるかもしれん……」

 絶望的な表情で森のヌシを眺めていたショウドだったが、突然「ん?」と目を細めた。

「どうしました?」

「あそこに立ってるの、じゃねえか?」

「え?」

 そう言われて目をらしてみると――

 なんと、ヌシの前にレームが突っ立っていた。

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