魔物の襲来

 俺がイサリアの家の前にある畑を耕していたときのこと。

 クワを持って慣れない畑作業をしてヒイヒイ言っていた俺のもとに、“ショウド”という村人がやってきたのだ。

 ショウドは村人に似つかわしくない屈強くっきょうな体格を誇り、腕っぷしが自慢の中年男性。普段は豪快ごうかいな性格だが、このときはなぜかションボリしていた。

「ショウドさん、どうしたんですか?」

「ああ……実は昨夜、うちの畑が魔物に荒らされちまったんだ」

「え? 畑を荒らす魔物が?」

 ショウド気落ちしたようにうなずき、詳しく説明をし始める。


 事件が発覚したのは今朝である。

 ショウドが起きていつものように畑の手入れをしようとしたところ、収穫前のジャガイモが全て掘り起こされてしまっていたのだという。畑にはつめきばあとが残されていたそうだ。

「そんなことが……」

 この村にとって畑の作物は命の次に大事なものと言っても過言ではない。そのショックは相当なものだろう。

 ショウドはこの一ヶ月間、新入りの俺を気遣きづかってよく面倒を見てくれた人物だ。ぜひ助けになりたいところだが……俺はその前に気になったことを彼に尋ねる。

「その魔物ってどうやって侵入したんでしょう? この村はさくで守られてるじゃないですか……まさか、ぴょーんって飛び越えてきたとか?」

「いや、さっき村の男どもで外周を見回りしたんだが、一部が壊されてるのを発見した」

「壊された……!?」

 これにはちょっと驚いてしまった。この村の柵はかなり頑丈で、ちょっとやそっとの力で壊れることはないはずだ。

 つまり、昨夜はかなり大型で力の強い魔物が侵入してきたことになる。放置するとかなり危険だ。

「その魔物は今どこに?」

「分からん。村を捜索したが、どこにもいなかった。おそらく自分のに戻ったんだろう」

「そうですか……」

「おそらくうちの畑は餌場えさばとして覚えられちまった。柵の補修は間に合わねえし、また今夜にでも荒らしにくるはずだ……そこでトーア。今夜、魔物退治に付き合っちゃくれねぇか?」

「え、俺がですか?」

 驚いて聞き返すと、ショウドは真剣な表情で頷いた。

「ああ。今回の魔物は過去のケースと違ってかなり手強てごわそうなんだ。少しでも人手が欲しい。うちの村の事情で、あんたみたいな旅人にお願いするのは申し訳ねぇが……」

「……そんな悲しいことを言わないでください。俺だって、もうこの村の一員です。ぜひ手伝わせてくださいよ」

「トーア……すまねぇ、恩に着る!」

 グッと俺の手を握るショウド。

 こうして今夜は畑荒らしの魔物退治をすることになった。


 ◇ ◇ ◇


 イサリアの家に戻って、今夜は村人の男総出そうでで魔物退治に出ると伝える。

 その話を聞いたイサリアは心配そうに口を開いた。

「そんな……危険じゃないですか? 山の下に降りて冒険者ギルドに討伐依頼を出したほうが……」

「いや、それだと時間がかかりすぎるから駄目だ。まあ、そんなに心配しないでも大丈夫だよ」

 俺は軽い調子でイサリアに応えた。

 ちなみに、この一ヶ月でイサリアには普段の口調で話すようになった。

 というのも、イサリア自身から「落ち着かないので敬語は使わないでください」とお願いされたのだ。

 そういうことなら、と普通に話すようにしてるんだけど……イサリア自身は俺に敬語を使ってるんだよな。

 イサリアも敬語はやめたら? と言ったら年上には敬語で話すようにしてますから、とやんわり断られた。どうやら、ため口で話すことのほうに抵抗があるようだ。

 ま、彼女がそれでいいなら俺からは何も言うことはない。


「でも……」と心配するイサリアを安心させるように俺は言う。

「大丈夫だよ。こっちのほうが人数は多いんだし、いざとなったあの力だってある。な、

 俺がふところに呼びかけると、胸ポケットから種火の書が飛び出して俺のあごにぶつかってきた。

「いってぇ!」

『誰がタネびんですか』

「照れるなよ、まったく」

『照れていません』

 見開きページにでかでかと、そんな文字を書いてみせる種火の書。

 こんな感じで、今では種火の書とも良好(?)な関係を築けている。

 それはともかく……イサリアに言った通り、俺は今回の魔物退治のことを特に不安視していない。

 その理由はこの種火の書――つまり、原初の魔法の存在である。

 相手の魔物がどんなに強くても、破壊の力を使えば一発だろう。なんたって、神様からもらった加護なんだからな。

 大岩だって一瞬で燃やせたんだぜ? あの炎があれば、魔物の一匹や二匹、たちまち消し炭にできるさ。あっはっはっは!


 ……と余裕をこいていた俺だが、その晩、予想もしていなかった展開が起きて思わぬピンチにおちいることになる。

 そして、予想外の事態はもう一つ――


「……トーア、ヨルニドコカイク?」


 レームが、こっそりこの会話を聞いていた。

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