第二章「フォルス(false)編」

前途多難

 ハテノ村で暮らし始めて、あっという間に一ヶ月が過ぎた。


 俺みたいな得体の知れない奴が突然村で暮らすことになったことに、村人たちはどんな反応をするかと思ったが、予想外にもみんな歓迎ムードだった。

 困ったときはお互い様ということらしい。優しい人ばかりで本当に良かったよ。

 そしてこの一ヶ月間、俺(とレーム)はどこで暮らしていたかというと……実はイサリアの家だったりする。

 いやいや、これにはちゃんとした理由があるんですよ? やましいことなんて何もないし、考えたこともないから、マジで。

 まず理由その一。ハテノ村には空き家がなかった。

 俺としては別にその辺の納屋なやとかで寝泊まりしても良かったんだけど、それは風邪かぜを引くからやめておけってイサリアや他の村人に止められたんだよな。納屋は隙間風すきまかぜが激しいんだってさ。

 体調を崩したら結局は村人たちに余計な迷惑をかけることになるわけで、納屋で寝るのはやめることにした。

 続いて理由その二。新しい家を建てるのも難しかった。

 当たり前だが、新たな家を建てるとなると材料も人員も時間もかかる。余所者よそものの俺のためにそこまで村人たちの手をわずらわせるわけにはいかない。

 だがしかし、俺には材料も人員も時間も全て無視して家を建てられるんだな、これが。いったいそれはなぜでしょう?

 はい、すぐに分かったそこのあなたは非常にするどい。1トーアポイントを差し上げましょう。10個貯めたらお皿と交換できますからね、大事に取っておいてください。

 ……冗談は置いといて。

 俺には原初の魔法の「創造の力」がある。これを行使すれば家なんて一瞬でつくり出せるってわけ。

 ……そう思っていたのだが。

 実際建てようとした際、思わぬ事実に直面してしまった。


 ◇ ◇ ◇


 それは、ハテノ村で暮らすことを決めた翌日。

 邪魔にならないような場所に新居を創ろうと思って村の外に移動したときのこと。

「よし、ここならいいか」

 手頃な空き地を見つけて、その前に仁王立におうだちする俺。

 村の外に家を建てる許可は、事前に村長に取ってある。力を貸そうかと言ってくれたが、魔法を使えば一瞬で創れるからと言って断った。村長は俺の話を信じてなかったけどね。

 俺はふところから種火の書を取り出し、表紙をめくって語りかける。

「おい、オンボロ手帳」

『警告。次にそのような呼称を私にもちいた場合、ただちに原初の魔法の媒介ばいかい業務を放棄します』

「やっぱり感情豊かだよな、こいつ……」

 こいつの正体も大概たいがい謎だ。星の女神様とやらが俺に与えた加護なんだけど、なんでこんなヘンテコな手帳という形で授けたんだろ? 回りくどいことをせず、俺に超魔力を与えてくれれば良かったのに。

 まあいいや。早いとこ作業を進めよう。

「ここにでっかい空き地があるのが見えるか?」

『私にとっては見えるという表現は適切ではありませんが、開けた土地があることは認識しています』

「なんでもいいけど、ここに新居を建てたいんだよ。マテリアルだっけ? そこら辺の木を灰にして創造の力を使えば、あの青白い炎がブワァッと出てきてすぐに創れるよな?」

『不可能ですが』

「そうそう不可能だよな。だからさっそく――は?」

 待て待て。

 命はあんな簡単に創れるのに、家は建てられないだと?

『詳しくご説明します』

 種火の書はそんな表示を出したあと、別の文章を浮かび上がらせた。

『トーア様は創造の力を行使するための条件を覚えていますか?』

「ああ……一つは材料マテリアル。もう一つは……冷却時間クールタイムだっけ?」

『左様です。創造の力で構造物を生み出した場合、次の使用まで相応の冷却時間クールタイムが必要となります。そして冷却時間クールタイムは、

「ってことは……おい待てよ」

 種火の書がレームを生み出した際、「」と言っていた。

 するとつまり……

「まさか、次に創造の力が使えるようになるのは……」

『およそ1,415時間後。日数に換算すると大体二ヶ月後となります』

「……マジかぁ」

 どうやら、俺は二ヶ月間チート禁止らしいです。

 一応破壊の力は使えるみたいだけど……こんな物騒ぶっそうな力、ほいほい使えるかよ。


 ◇ ◇ ◇


 はい、回想終わり。

 あーあ、生産チートで優雅なスローライフを満喫する予定だったのになぁ。

 あのあと、「家なんか一瞬で建ててやりまっせ!」なんて大言たいげんいたのに、すごすごと帰ってきた俺を見て村長が爆笑してたっけ。その話は他の村人にもすぐに広まって、笑い話の種にされてしまった。

 まあ、そのおかげで「面白い奴だ」って思われたようで、みんなから気さくに話しかけてもらえるようになったから、怪我の功名こうみょうってやつかな。

 さて、俺がイサリアの家に暮らすようになった最後の理由は――これが一番大きいのだが――イサリア自身が「ぜひそうしてください」と言ってくれたからだ。

 心優しい村娘、という俺の彼女への第一印象はまったく間違っていなかった。

「私には崖から落ちたトーアさんを拾った責任がありますから。最後まで面倒を見させてください」

 この言葉を聞いたとき、俺はマジで涙が出た。だい大人おとなひとの優しさにれてガチ泣きしました。

 そんなわけで、俺は彼女の厚意に甘えることに。

 自分のベッドを使ってもいいとイサリアは言ったが、俺はそれを固辞こじして床のはじっこにわらを敷き、毛布にくるまって寝ている。

 ちなみに、レームは毎日イサリアに抱っこされながらベッドで眠っている。

 うらやましいとは、思わなくも、ない。

 ハテノ村での生活は前途多難な幕開けだったが、わりと順調にやっていけてる。


 ◇ ◇ ◇


 だが、最初の事件の日は唐突にやってきた。

「え? 畑を荒らす魔物が?」

 そう、頑丈なさくに守られているはずのハテノ村に、魔物が侵入しているというのだ。

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