ハテノ村の一員へ

 それからは特に何事もなく、ハテノ村のイサリアの家へ到着した。


 レームはイサリアから蜂蜜はちみつの入った小瓶こびんを渡されると、嬉しそうにめていた。イサリアはその姿を微笑ほほえましげに見ている。

 そんな二人の様子を眺めながら、俺は種火の書にずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「結局、レームってどういう存在なんだ? 美味しそうに蜂蜜を食べてるけど、あいつは元々大岩の灰なんだろ?」

『創造の力は破壊の炎によって生み出された材料マテリアルを、同属性の別の物質に創り変えることができます』

「同属性?」

『すなわち、地水火風ちすいかふうの基本属性です。この世界のあらゆる物質は、この四つのいずれか・あるいは複数の属性を持ちます』

 地水火風――イサリアが魔法のことを説明してくれたときに言っていたやつか……ようするに、大岩の属性は土だから、レームも土人形として誕生したってことだな。

 じゃあたとえば人間の属性はなんなのか、と聞くと、『個体によるが基本属性と特殊属性の複合物です』とのことだった。どうやら、高度な物質ほどたくさんの属性を持っているらしい。

 人間によって魔法を使えたり、得意な属性があったりするのはこの辺が関係しているかもしれないな。


 それから種火の書は、また別の文章を浮かび上がらせる。

『加えて、トーア様がレームという名称を与えた土人形の当該個体には、命が宿っています』

「そこなんだよな、俺が疑問に思っているのは」

 俺は目の前でふよふよ浮く種火の書をつかんだ。そして、真剣に問いただす。

「命なんて簡単につくれるのか?」

 そう。それが最大の謎。

 命を生み出すなんてこと、そう簡単にできていいわけがない。

 俺はこの圧倒的な力には、何か裏があるのではと疑っていた。

『暴力は推奨されません』

「目の前でヒラヒラされると鬱陶うっとうしいんだよ」

『存外、神経質なのですね』

「……まあな。それに意外とおっちょこちょいなんだぜ、俺」

 天井のシミが気になりすぎて掃除しようとしたら、つい死んじゃうくらいには、な。


『詳しくお答えします。本当の意味での命は簡単に創れません。当該個体レームは正確に述べると、疑似ぎじ生命体せいめいたいという位置付けになります』

「疑似、生命体?」

『一般的な生命体は細胞の分裂によって生命活動を維持しますが、当該個体レームは細胞分裂を行わず、“いのち”の燃焼によって自律的な活動を可能にしています』

 今度は命の灯と来たか。さっきからかっこいい用語が飛び出まくるもんだから、実はちょっとテンションが上がっている。

「その命の灯ってのはなんなんだ?」

『当該個体レームの体内で燃え続けている炎の名称です。この炎が燃え続けている限り、当該個体レームは生命活動を停止することはありません。また、命の灯は燃料として有機物ゆうきぶつを必要としますので、定期的にことをお勧めします』

「へぇ……」

 だから甘いものが好物なんだな。砂糖は燃えやすいから。

 半面、レームが土を食べられなかったのにも納得が行く。土ってほぼ無機物むきぶつだもんな。

 ま、基本的には人間と同じものを食べさせておけば大丈夫ってことか。

 あとは……炎で動いているなら水には極力近付けないほうがよさそうだな。うっかり消えちゃったら目も当てられない。

 そう思っていると――

「イサリア、ゴチソウサマ!」

「はい、よく食べました。レームくん、お口の周りがベトベトだよ? ちょっと待ってて」

 イサリアは台所へ引っ込んだかと思うと、すぐにれたタオルと……水の入ったコップを持ってきた。

「はい、これでお口をいてね。あと、蜂蜜をたくさん食べたからのどかわいたでしょ?」

「ウン! アリガト!」

 レームはイサリアから受け取った濡れタオルで口の周りを拭き、俺が止める間もなく水をゴクゴクと飲んでしまった。

「わー!! 待て待て待て!!」

 慌ててレームからコップを取り上げたが――げっ!? もう空っぽじゃねえか!?

「レーム、ほらっペッしなさい、ペッ!」

 俺はレームの肩をブンブン揺すぶり、なんとか水を吐き出させようと口に手を突っ込もうとして――

「トーア! ヤメテ!」

「ぐへぇっ!」

 頭突きされてしまった。

「もう、だからいじめちゃ駄目ですってば」

 イサリアがたしなめるように言ってきた。

「いや、いじめてるわけじゃなくてですね……」

 俺は額をさすりながら、イサリアに種火の書から聞いたことを説明する。

 それを聞いたイサリアは、サッと血の気が引いた顔でレームを見つめたが……

「……見たところ、大丈夫なようですね」

「そうですね……水を飲んでも平気なのか?」

 レームはピンピンしている。


 すると、動転した俺に放り投げられた種火の書がふよふよと飛んできた。

『説明は最後までお聞きしたほうがよろしいかと』

「……なんだよ」

『命の灯が消える条件はただ一つ。です』

 続いて、こんな文字が浮かび上がる。

『つまり、命の灯は一般的な炎と違って水や酸素不足で消えることはありません。トーア様の心配はただの杞憂きゆうというわけですね。それと、あまり神経質だと損をしますよ』

「……あっそう」

 こいつ、なんか言葉がチクチクしてない?

 放り投げられたことに腹を立ててるのか?

 ともかく、レームはちょっとやそっとでは命の灯が消えることはないらしい。

 で、そのレームはというと、外に飛び出してちょうちょを追いかけていた。

 ああして見ると、外見以外は人間の子供となんら変わらない。

 なんとものどかな光景だな……とそれを見ていると、イサリアが話しかけてきた。

「あの……トーアさんはこれからどうするんですか?」

「え? そうですね……」

 正直、それについては何も考えていなかった。

 結局、あの崖の下で入手した手がかりは原初の魔法という加護と種火の書という付録おまけだけで、俺の失われた記憶に関するものは何一つとして得られていない。

 元々の俺は旅人だったと思うから、どこかしら目的地があったのではないかという気もするが……それを思い出せないまま旅をしても無意味だ。あと、単純に右も左も分からない状態で冒険に出たらすぐ死ぬ気がする。

 すると、悩んでいる俺を見てイサリアがこんなことを言いだした。

「もし行くあてがないのでしたら……レームくんも一緒に、しばらくこの村で過ごしませんか?」

「え?」

「村の中なら比較的安全ですし、、しばらくはゆっくり過ごせると思います。もしトーアさんがよろしければ、ですけど」

 次の取り立て……?

 なんだろう、税金の徴収ちょうしゅうとかがあるのかな。

 イサリアの言葉には若干気になる部分もあったが、ともかく行き場のなかった今の俺にはありがたいお誘いだ。

「じゃあ、ご迷惑をかけるかもしれませんが、お言葉に甘えてもいいですか?」

「! ご迷惑だなんて、とんでもないです! それじゃあ、これからよろしくお願いしますね、トーアさん!」

 ぎゅっと俺の手を握ってくるイサリア。

 俺もその手を優しく握り返す。

「はい。こちらこそよろしくお願いします、イサリアさん」


 こうして、俺のハテノ村での生活が始まった。

 転生初日から前途多難な異世界ライフだけど……まあ、先は明るいのかな。

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