“種火の書”

『ようこそ、トーア様』

 手帳に浮かび上がった文字は見たことのない形だったが、不思議と俺にはそう読めた。どうやら手帳に書かれているのは異世界の文字で、俺(というかトーアの脳?)はそれが認識できるらしい。

 ってか……「ようこそ」って、どういう意味だ? この手帳に歓迎かんげいされているってことか?

 いや、そんなことより。

「お前、なんなんだ」

 俺は手帳に向けて声をかけてみる。返事があるかは半信半疑だったが、手帳の文字はゆっくりと切り替わった。

『私はがトーア様に授けた加護の管理者。“原初の魔法”の自動管理機構オートマチックコントロールメカニズムです』

「!」

 星の女神。それに原初の魔法。

 俺が先ほど使った炎の魔法のことだ。やはりというべきか、この手帳と原初の魔法は深い関係があるらしい。


「えーっと、オートマチックコントロール……なんだっけ?」

『呼称しにくい場合は“種火たねびしょ”とお呼びください』

「……じゃあ、種火の書とやら。いくつか質問していいか?」

『どうぞ』

「まず、原初の魔法って、さっき大岩を燃やしたあの炎のことだよな?」

『左様です』

 ご丁寧なことに、種火の書はペコリとお辞儀じぎするように傾いた。

 それから、また表示が変わる。

『先ほどのトーア様は私を媒介ばいかいして原初の魔法を行使し、原初の炎を呼び出したのです』

「原初の炎? 普通の炎とは違うのか?」

『異なります。一般的な炎は物体を燃焼させるだけですが、原初の炎は燃焼によってを引き起こすことが可能です』

「破壊と……創造?」

『補足すると、破壊の力は通常の攻撃魔法と比べて単純な威力が大きくなっております』

「なるほどね……」

 ようするに、原初の魔法は普通の魔法よりすごい代物ってことかな。

 俺がさっき使った炎は破壊の力ということだろう。一瞬であんな巨大な岩を消し炭にしたんだ。その威力は申し分ない。

 この世界に来てからまだイサリアの回復魔法しか見てないから、普通の攻撃魔法の威力がどんなものなのか分からないけどね。

「星の女神っていうのは?」

『かつてこの星をつかさどっていた存在です』

「神様ってことか。なんでそんな存在が俺にお前をつかわしたんだ?」

実行失敗エラー。情報に開示制限プロテクトがかけられています』

 プロテクトだって?

「誰かに口止めされてるってことか?」

『そのような認識で問題ありません』

「誰が口止めしてるんだ?」

実行失敗エラー。情報に開示制限プロテクトがかけられています』

「そうっすか……」

 全てを教えてくれるわけではないらしい。

 まあでも、星の女神とやらには心当たりがある。

 俺がこの世界で目覚める前に見た妙な夢。

 あの夢で聞こえた綺麗きれいな女の人の声が星の女神で、俺にこの種火の書をくれたんじゃないか? だってその夢では加護を授けるって言ってたし。

 あ、ついでに可哀想かわいそうってあわれまれたことも思い出した。

 神様に可哀想って言われるレベルの俺の人生……超やだな。


 ちらっとイサリアを見ると、驚愕きょうがくの表情を浮かべて手帳――種火の書を見つめていた。

「信じられません……意思を持ったマジックアイテムなんて」

「イサリアさんもあの文字が読めるんですか?」

 一応そう聞いてみると、彼女は小さく頷いた。

「はい、あの手帳に浮かび上がっているのはアクアラントの公用文字なので……それよりトーアさん、星の女神様から加護を授かったって本当ですか?」

「なんかそうみたいです。イサリアさんは星の女神を知ってるんですね」

「当たり前です! この世界の創造神ですよ?」

 ズイッと顔を寄せられた。急に近付かないでください。あなたの容姿は心臓に悪い。

「そ、そうなんですね」

 でもまさかそんなことは言えないので、俺は顔をらしてさりげなく距離を取る。続いて、気になったことを尋ねてみた。

「神様から加護を授かることはよくあるんですか?」

「あるわけないじゃないですか。星の女神様の加護なんて、おとぎ話レベルの伝説ですよ」

 ……つまり、皆無かいむってわけでもないようだな。

 おとぎ話か。機会があったら調べてみてもいいかもな。

 気を取り直して、俺は再び種火の書に向き直る。

「さっき、原初の炎の効果に教えてくれたよな。そのうちの破壊ってほうは分かるんだけど、創造っていうのはどういうことだ?」

『その名の通り、あらゆるものを創造できる力です』

「……説明になってないんだけど」

『失礼しました。具体的に言うと、トーア様がつくり出したいと考えた物体や物質を魔法によって生み出すことが可能です。ただし、創造の力を行使するには一部条件があります』

「条件?」

材料マテリアル冷却時間クールタイムです。創造の力を行使するためには破壊の力で生み出した灰が材料マテリアルとして必要になります。また、複雑な構造物ほど必要な灰の量も多くなります』

 なんかややこしいな……作るのが難しいものほどコストがかかるって理解すれば大丈夫か?

「じゃあ、クールタイムっていうのは?」

『創造の力は連続して行使することができません。一つのものを創造したら次の創造までには相応の時間がかかります』

「……なんか面倒そうな力だな。あんまり役に立ちそうでもないし」

『むかっ』

「うん?」

 なんか一瞬、変な文字が浮かんだ気がするんだけど。

 だが、ちゃんと確認する前に種火の書は別の文字に切り替わった。

『有用な力だと思いますが』

「いや、そりゃ便利かもなぁとは思うよ? でも、岩を燃やした破壊の力に比べると……ぶっちゃけ、ちょっと地味?」

『むかむかっ』

「……?」

 また一瞬変な文字が映ったな。

『……それでは、創造の力を試してみるのはいかがでしょう?』

「試す?」

『幸い材料マテリアルは揃っていますので、実際にご覧になったほうが分かりやすいかと』

 まあ確かに、実際にどんなもんかっていうのは見たい気持ちがある。

 俺は種火の書の提案に乗ることにして、イサリアと一緒に大岩の灰が落ちている場所へ戻ることに。


 目的地には大量の灰がこんもりと山になっていた。

「これがマテリアルってことだよな? 何を作ろうかな……」

 俺が迷っていると、種火の書が俺の目の前にふよふよと浮いてきた。

『迷っているのでしたら、私に任せていただけませんか?』

「お前に?」

 なんかいやに積極的だな、こいつ。

『創造の力の真価をお見せしましょう』

「すげぇ自信満々じゃん……まあいいや。じゃあ、任せるよ」

『ありがとうございます。それでは体をお借りします』

 そんな文字が浮かび上がった瞬間、急に俺の右手が見えない力で引っ張られた。

「うおっ!?」

 続いて、右手が熱くなる。

 種火の書が俺の体を操っている……? そうか、「お見せする」とは言ってたけど、魔法を使うのは俺自身だもんな。

 俺は種火の書に身を任せることにして、そのまま頭に浮かんだ言葉を口にした。

「――きらめけ」

 次の瞬間、ボッ!! と灰の山が青と白に輝く炎に包まれた。

 破壊の力の色は赤とオレンジだったけど、創造の力の色は青と白ってわけか。

 青と白の炎は灰を燃やし尽くす勢いで燃焼し、やがて段々と小さくなっていく。

 そして炎が完全に消えると、そこから現れたのは――


「……ココ、ドコ?」

 なんとも可愛らしい土人形つちにんぎょうの子供だった…………は?

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