「魔法」と「才能」

イサリアに肩を治療してもらい、ハテノ村の外れにあるという切り立った崖へ向かう。

目的地へ向けて歩きながら、俺はある仮説をまとめた。

まず、俺は元日本人の転生者。どういうわけか前世のことは名前を含めてほとんど思い出せず、断片的な知識しかないが、これは絶対に間違いない。

そして、それと同時に「俺はトーアだ」という認識もある。一見矛盾むじゅんしているように思えるが、ようするにこんな感じのことが起きたんじゃないかと考えた。

日本人の俺が椅子から転げ落ちて死んでしまったあと、の理由で俺の魂がこの異世界に迷い込んだ。そして異世界をさまよっていた俺の魂はのきっかけでトーアの肉体にぶつかり、そこでの事象が生じてトーアの魂を追い出してしまったのではないか。

……何回って言うんだってくらいあやふやな推論だが、現状だとこれが一番理屈が通っていると思う。

でもそうなると、元々のトーア君の魂がどこに行ったかっていう疑問が残るんだよな。

もしかしてこの世界のどこかに取り残されてたりして……あんまり気持ちのいい考えじゃないな。

とりあえず分からないことは気にしないでおくか。


また、イサリアからこの世界のことと、魔法についても色々教えてもらった。

彼女によると、やはりこの『アクアラント』という世界はゲームのような剣と魔法のファンタジー世界らしい。魔物なども普通にはびこっており、人々に害を及ぼす魔物を討伐する専門の、冒険者という職業なんかもあるのだとか。

なお、ハテノ村の外にも魔物はいるが、それを退治してくれる冒険者は常駐じょうちゅうしていないそうだ。幸いにしてこのあたりの魔物は弱いしゅしかいないらしく、被害も畑が荒らされる程度のようだ。

たまにそういう畑荒らしが現れたら、村人たちが協力してやっつけるんだってさ。ただの村人だってのにすごいね。

で、そういう魔物討伐(規模的には駆除くじょか?)の仕事の際に怪我をする村人も出てくる。そんなときこそ、イサリアの回復魔法の出番というわけだ。

全身バッキバキだった俺の体をものの数分でほとんど完治させるほどの回復力。きっと、彼女の魔法は村人たちから重宝されているんだろうな。

ちなみに、この世界において魔法は誰にでも使えるような代物ではないらしい。大気中にただよう魔力を取り込み、その身に宿せる才能を持つ者のみが行使できるのだとか。

そこまで話を聞いた俺は、イサリアに尋ねる。

「つまり、才能のない人間は絶対に魔法が使えないってことですか?」

「残念ながらその通りです。魔力は修練や経験によって扱える量を増やすことができますが、そもそも魔力を持たない人々は修練のしようがありませんし、魔法も一生使えません」

ふーん。つまり戦士タイプの人間はレベルが上がっても絶対MPのステータスは上がらない、みたいなもんか?

そのとき、俺はふと思いついた。

「イサリアさん、俺って旅をしてたっぽいのに武器を持っていませんでしたよね」

「はい、少なくとも私が落ちたトーアさんを見かけたときは何も装備してませんでした」

「もしかしてそれって、俺が魔法使いだからじゃないですか?」

その言葉にあごに手を当てて考えるイサリア。

「……可能性はあると思います。戦闘系の魔法が得意な旅人は、武具を装備せずに魔法をもちいて戦うことが多いですから。ただ……」

急にイサリアが言いよどんでしまった。

「どうしました? 何か言いにくいことが?」

「え、えっと、その……魔法を使える人間は、ある程度他の人が持つ魔力を感知することができるんです」

「へぇ、それは便利ですね。それで?」

「それでですね……トーアさんからは魔力を感知できない、みたいな……」

「……するとつまり?」

「やんわり言うと、トーアさんの魔力はゼロ、みたいな……」

ド直球じゃねえか! どこがやんわりなんだ、どこが。

あはは……と愛想あいそわらいをするイサリア。その笑顔は可愛いが、魔法の才能なしと宣告されたショックは薄れない。

てかさ、マジでこの子ドSじゃないよね? お兄さんちょっと不安だぞ。

俺は一縷いちるの望みにかけて、失礼を承知でこう聞いてみる。

「あのぅ、本当にこう言ってしまうのは申し訳ないんですけど、イサリアさんが俺の魔力を感知できていないだけ、という可能性は……?」

「うーん、ありえなくはないですが……では、逆に考えてみましょう」

「逆?」

「トーアさんは私の魔力を感知できますか?」

そう言ってイサリアはじっとこちらを見つめてきた。

なるほど、魔力を持っている人間であれば、魔法を使えるイサリアの魔力を感じ取れて当然、ということか。

俺はまじまじとイサリアの顔を見つめ返す。

形の整ったまゆにアーモンドのような大きい目。改めて見ると本当に美少女だよな、この子。異世界人ってみんなこんなに綺麗きれいなの?

「……トーアさん?」

若干顔を赤くしたイサリアに名を呼ばれ、俺は我に返る。

「あ、すみません。つい――」

――見惚みとれちゃって。と言いかけたが慌てて呑み込む。これ以上キモがられたくないもん。

「い、いえ。それで、私の魔力を感じ取れました?」

真剣な表情で聞いてくるイサリアに、俺はふっと微笑びしょうし、余裕たっぷりに返した。

「ええ、もちろん」

「本当ですか!?」

「もちろん、なんにも分かりませんでした」

「……あはは」

また愛想笑いされてしまった。

「で、でも魔法が全てじゃないですから! 崖で手掛かりを見つければ、トーアさんの得意なことが分かるかもしれませんよ! ね?」

「は、はい……ありがとうございます」

剣も持たず魔法も使えず。ロクな記憶もないし、知り合ったばかりの年下の女の子には気を遣われる始末。

……マジで終わってんな、俺の異世界転生。

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