俺の幼馴染の彼女の甘い毒蜜

夜月紅輝

俺の幼馴染の彼女の甘い毒蜜

―――ピンポーン♪


 大学1年生となった6月のある日、ザーザーと雨音が外から聞こえて来るのを感じながら俺【坂井正人】は突然のインターホンの音に驚きながら玄関に向かっていた。


 今日は誰かが訪ねてくる予定はない。加えて、何かの荷物を頼んだ覚えもない。

 ましてや、アパートに住む俺の隣の住人が美人の女性で「ご飯を作り過ぎたので」的な展開なんてあるはずもない。


 さすがにその妄想は酷過ぎか。さりとて、俺には全く心当たりがない。しかし、そんな突拍子もない行動をしそうな奴には心当たりがある。


 ドアスコープからドアの前に立っている人物を確認してみると案の定そこには一人の女性が立っていた。

 俺の幼馴染である【支倉瑞希】である。

 セミロングの茶髪に少し柔らかい目つきは相変わらず可愛らしい。


 ガチャリとドアを開けると俺は瑞希に声をかけた。


「どうしたんだ急に―――って濡れてんじゃんお前!?」


「アハハ......急に降られちゃって。急遽雨宿りしようと思って近くに正人のアパートあるの思い出してここまで来たってわけ」


「ここの場所ってお前のアパートからそれなりに距離あるはずだけど......」


「まぁまぁ、このままだと風邪引いちゃうからさ。入れてくれない?」


 濡れ髪で計算なのか天然なのかわからない絶妙な上目遣いは俺の心を思わずドキッとさせる。しかし、俺にはその資格はない。ここは我慢だ。


 俺は出来る限り平静を装いつつわざとらしいため息を吐くと瑞希を部屋に招き入れた。しかし、その選択が俺にとって過ちだったと後悔する。


****


―――シャアァーーーー


 すぐ近くから聞こえるシャワーの音にずっとドキドキしながらその感情を紛らわすように少し大きめな音量でテレビを見ていた。


 俺の家に度々瑞希は来たことがある。しかし、決してことはない。

 そのことには俺も先ほどから疑念を抱いている。俺がアイツで逆の立場だったら......結構嫌だ。


「ふぅ~、気持ち良かった。シャワーありがとね。それに服まで貸してくれて」


「あぁ、気にするな―――!?」


 瑞希が肩にタオルをかけながら俺の服を着て歩いてくる。

 当たり前だ、俺が着る服を提供したのだから。

 今頃瑞希の服は洗濯機の中。問題はそこじゃない。


「な、なんでズボンも出したのに履いてないんだ?」


 そう、瑞希の奴はズボンを履いていない。剥き出しの生白い柔らかそうな足が惜しげもなく見えてしまっている。いくら俺の服が大きいからって履くべきものは履いて欲しい。


 そんな俺のドギマギした心を嘲笑うかのようにニヤリと笑った瑞希は言う。


「別にこれで十分だと思ったからだよ。それに正人的にも嬉しいでしょ?」


「っ!」


 瑞希には昔からイタズラっぽい側面がある。より魅力的に表現するなら小悪魔と言うべきか。

 そんな彼女の仕草に俺の心はいちいち振り回され、俺が強く出ないのをいいことにふざけまくる。


 俺も意趣返しをしてやる! と意気込んだ時があったが結局それも果たせぬまま。

 小学校の頃から大学生の時まで瑞希のおもちゃなのだ。


 俺が「はいはい、そうですね」とそっけなく返すと瑞希が「その反応つまんない」と言ってくる。

 俺のせめてものその場しのぎだ。勘弁してくれ。


 瑞希が「何見てんの?」と俺の隣に座ってくる。その距離は後少しで肩と肩が触れ合えるぐらい。

 そのことに俺が意識してしまっている一方で、瑞希は気にしてない様子で俺が見ていた番組に食いついていた。


 はぁ、これが瑞希にとっての俺との適正距離なのだろう。しかし、いくら幼馴染とはいえ、この距離は勘弁してほしい。俺の心が罪悪感で蝕まれていくから。ん? 今、一瞬ニヤッと笑わなかったか?


「なんかつまんないね」


「率直な感想過ぎるだろ」


 俺はそっと瑞希から距離を取る。


「事実を述べたまでです~」


 瑞希はそっと俺に近づいて来る。


 俺は「喉乾かないか?」と瑞希に尋ねながら立ち上がった。

 彼女は「いらない」と答え、俺はとっくの先ほどから乾ききった喉を潤しに台所へ向かっていく。


 あんな言葉、単なる逃げるための口実だ。

 あのままだったら俺はヤバかった気がする。

 近づいてきたのはあまりにも不意打ち過ぎた。


 ジャアアァァと勢いよく蛇口のハンドルを上にあげて水を出すと近くにあったコップに水を入れて勢いよく飲み干していく。

 乾いたのどと同時にこの熱を冷ますため。


 俺は何事も無かったかのように戻ると瑞希の隣ではなくその後ろにあるベッドに座った。

 今度こそしっかり距離を取っ―――!?


「よいしょっと。ん、こっちの方が見やすい」


 先ほどまであぐらをかいて見ていた瑞希は俺がベッドに座るや否や立ち上がって横に座ってきた。

 このあからさまに意味不明な行動に俺が咄嗟に距離を取ろうとするとベッドに置いていた俺の手に瑞希の手が重なる。


「さっき逃げたでしょ。なんで?」


 そう聞く割には答えが分かり切った様子で瑞希は笑っていた。

 まるで俺から答えを言わせようとしているような質問だ。


 振りほどこうとする手は鉛のように重く動かない。

 瑞希の手が重いわけじゃない。俺の手が諦めたように動かないだけだ。


「ねぇ、どうして?」


 しつこく聞いてくる。ニヤリとした笑みはそのままで。答えられるはずがない。だって、俺は―――


「音、うるさいね」


 瑞希が片足をそっと伸ばして床に置いてあったリモコンの電源ボタンを指先でちょんと押してテレビを消した。

 静寂な空間に雨音だけがやたらと響く。


「ゆ、雄大はどうしたんだ?」


 言葉が詰まり、どもり、やっとのことで言い出せたのがその言葉だった。

 【杉本雄大】は俺の幼馴染で瑞希の幼馴染でもある。


 俺達は小学校の頃から割と家が近所ということでつき合いが始まり、とうとう学部は違えど大学まで一緒という超腐れ縁という感じだ。


 そして、一番重要なのは瑞希は中三の頃から今もずっと―――雄大のだ。


 そう、俺達は今も親交があって俺の家に来たことがあるが、瑞希が一人で来た時は一度足りともなかった。

 ましてや、俺も雄大の彼女である瑞希を家に招き入れるつもりは無かった。


 俺は雄大の親友だ。アイツのことを信じてるし、アイツも俺のことを信じてる。

 だから、俺はアイツを裏切るような真似はしない。

 今回は濡れていた瑞希をあくまで助けるための行動だ。他意はない。あってはいけない。


 しかし、先ほどからの瑞希の行動を考えてみれば他意がないのは俺だけじゃないのか? と思ってしまう。

 さ、さすがに考えすぎか。瑞希のイタズラが今日はやたらエスカレートしてるだけだ。


 俺は瑞希に質問した後彼女を見た。瑞希は―――とても冷めたような瞳をしていた。


「いいじゃん、別に雄大のことは。今は私の質問に答えてよ」


 瑞希は笑みを浮かべて言ってくる。さすがにわかる。それが明らかな作り笑顔であることぐらい。

 その時、俺は一瞬嫌な予感と同時に驚きと戸惑いと興奮の感情が一気に襲ってきた。


「ねぇ」


 瑞希の顔が一気に近づいて来る。俺は咄嗟に体を逸らした。

 瑞希はその場から立ち上がると俺の正面に立ち、それから覆いかぶさるようにベッドに乗ってきた。


 俺の足を立ち膝でまたいだまま、両手を肩に乗っけてくる。

 まだ昼間でありながらやたら暗く感じる。そんな中で、瑞希の目は艶美で卑しくらんらんに輝いていた。


 俺は動くことが出来なかった。まるで瑞希に体の主導権を操られているかのように。

 ただゴクリと唾を呑み込んで彼女の次の言葉を待つことしかできなかった。


 瑞希は言った。


「正人ってさ、私のこと好きでしょ?」


「っ!」


 あまりにも正確無慈悲な直球の言葉に俺は動揺を隠せなかった。

 その反応を見て瑞希は「やっぱり!」と嬉しそうに笑う。


「私の憶測だけどさ、正人ってたぶん中二ぐらいの時から好きでしょ?

 でも、幼馴染という関係を壊したくなくて恋愛より友情を取った。

 その結果、恋愛を取った雄大に私を取られた。違う?」


 違わない。認めよう、俺は瑞希が好きだった。その経歴は紛れもなく彼女の言う通りだ。

 だが、俺の幼馴染同士が付き合い始めて4年も経過すればさすがに諦めがつく―――そのはずだった。


「正人って一途だよね。正直、私より可愛い子はいたし、高校の時だって告白されたでしょ? だけどさ、『好きな人がいる』っていって断って結局今の今まで引きずってる」


「......」


「きっと他の女の人だったら言うんだろうね。いつまでも引きずっててうじうじしてて気持ち悪いって。男らしくないって。だけどね、私からすれば―――」


 俺は咄嗟に耳を塞ごうとした。だが、瑞希は俺の肩に乗せている両手の方に体重をかけてその行動を防いだ。

 そして、甘美でありながら確実な毒が俺を蝕む。


「めちゃくちゃ興奮した♡」


「っ!?」


 言葉にならなかった。なんて返せばいいのかすら思いつかなかった。

 時間が止まったようにうるさかった雨音まで聞こえなくなってしまったのだ。

 興奮と罪悪感がせめぎ合う。


「イタズラなら......」


 俺はなけなしの力で瑞希から距離を取ろうと後ずさりする。

 しかし、ここは壁際に置いたベッドの上だ。すぐに背中に壁を感じてしまう。


 そんな袋のネズミとなった俺を逃すまいと瑞希は四つん這いになって近づいて来る。

 緩い襟元から大き目でふくよかな胸の谷間がチラ見えする。

 その仕草すら瑞希のわざとなんじゃないかと思ってしまう。


「イタズラならもうこれ以上は俺だって怒る」


 俺は必死になって言い返した。怒ってるという鋭い目つきまでして。

 しかし、彼女はただ赤らめた頬で嘲笑っていた。


「イタズラだって本気で思ってる?」


 思ってない。目が本気過ぎて恐怖すら感じる。


「ゆ、雄大とはどうなんたんだよ!? 付き合ってたんじゃなかったのか!?」


「あ~、丁度ここに来る前に振った。好きな人できたって言って」


「はぁ?」


 俺は思考が止まった。瑞希と雄大が......別れた? 四年も一緒だったのに!?

 そんな俺の反応に「嘘」と言って瑞希は笑った。

 その言葉に対し、俺はふぅーと息を吐く。ただ。安堵と疑念は半々だ。


「この言葉には間違いがある。雄大に言った言葉は確かにその通りなんだけど、その言葉は正確じゃなくて正しくは―――ずっと前から好きな人がいる、だね」


 俺はゴクリと唾を呑み込んだ。


「正直、もういいかなって。雄大にはたくさんいい思い出あげてあげたし。

 だから、雄大の彼女を寝取っちゃうとかそういう心配はしなくていいよ。

 正人がそういうの苦手だって知ってたからね。そのためにちゃんと振ってきたわけだし」


 意味がわからなかった。いや、意味はわかる。ただ、理解したくないんだ。この状況を。

 一体どれくらいの時間が経っただろうか。

 体感ではとっくに1時間は回ってる。

 それほどまでに密度の濃い空間が広がっている。


「瑞希は......一体いつから俺のことが好きだったんだ?」


 それは興味と言うべきかなんといべきか。

 絶対に今聞く必要はないその言葉がスルっと口から滑り出た。

 そんな言葉に瑞希は嬉しそうに答える。


「中二の時だよ」


「!?」


 ということは、あの時俺は瑞希に告白していれば鮮やかな青春を送る雄大を羨ましがることは無かったのか!?


 今更聞かされるあの時の瑞希の気持ち。後悔したって遅い。いや、遅いのか? なら、今の状況は一体なんだ? 

 俺は今も瑞希のことが好きで、瑞希は俺のことが好きでそれって―――


「そもそも私は雄大がそんな好きじゃないんだよね。

 ガサツだし、子供っぽいし、ズボラだし。優しいことは認めるよ?

 それに運動神経抜群だから部活でも活躍して他の女の子からワーキャーと黄色い声をいっぱいもらっちゃって。

 だけど、それだけ。幼馴染贔屓しても付き合って一緒に居たいとは思わない」


「そんなこと言うなよ。雄大は男らしく俺から見てもカッコよくて、勉強は出来る方じゃないけど周りをちゃんと見てるから俺なんかよりも友達がいて」


 どこまでも俺の上位互換みたいな奴なんだ。俺は勉強が人並みより少しできるだけで運動神経も良くないし、他に出来ることと言えば一人暮らしスキルである料理や洗濯―――


「そう、そういう所だよ。私が好きなのは」


「......?」


「全く鈍ちんだな~。正人はちゃんと人のことを見てくれてる。

 さりげなく気遣ったり、私が触れられるの苦手なことを察して触れなかったり、自分の友達を庇うためにこんな状況でもハッキリと言う姿勢。もちろん多分に幼馴染贔屓は含まれてる。

 だけど、それを決めるのは私の匙加減。つまり私が正人を悪い奴と思わない限り絶対にならない」


 卑怯だ。それじゃ、俺がどんな悪さをしようとも瑞希には肯定されるってことじゃないか。


「それに悪さしようとも出来ない臆病な所も好き」


 バレてる。見通されてる。俺の心の深淵まで覗かれてる。


「ステップワ~ン!」


「!?」


 瑞希が突然元気よく言い始めた。テンションのふり幅に俺は追いつけない。

 そんな俺を気にせず瑞希は言葉を続けていく。


「私のことが好きすぎて女の子の好意を断りまくった結果、女の子に対して耐性が無くないその体に耐性をつけよう~! というわけで、今から色んな場所触れるけど我慢してね♡」


「ちょ、ま―――」


 俺は瑞希が伸ばした手にギュッと目を閉じる。しかし、触れられた感触がしたのは恋人つなぎをした右手だった。

 瑞希が左手をニギニギさせながらニヤッと笑って言う。


「どこだと思ったの? エッチ」


「~~~~~!」


 言葉にならない羞恥心が俺を襲う。完全に瑞希のペースだと理解してるのに逃げられない。そんな自分が情けない。


「ステップツ~! 今度は正人が女の子の体に触れてみましょう~! というわけで、レッツトライ」


 そう言って瑞希が左手で俺の右手を持ち上げて触れさせたのは―――彼女の太ももだった。

 色白で柔らかでみずみずしい肌が吸いつくように俺の手のひらの至る箇所に触れていく。


 俺は反射的に瑞希の手を振り払った。しかし、手に焼き付いたような感触と温かさが残っている。


「もう、離しちゃダメだって。それじゃ意味ないでしょ?」


「だけど、雄大に申し訳―――」


 瞬間、俺の顔は瑞希の両手に挟まれ、黒々とした彼女の両目が視界に映った。


「アイツは今関係ない」


 俺の思考が一瞬停止した直後、そんな隙を狙うかのようにさらに不測の事態が起きた。

 瑞希が俺の唇を奪ったのだ。突然に、脈絡もなく、大胆に、一切の躊躇いもなく熱ぼったい唇が触れる。

 そして、ねじ込まれた舌に俺の口は貪られ、満足した瑞希が離した唇との間に銀糸が伸びる。


「正人のファーストキスいただき。そして、それに関して謝らなきゃいけないことがあるんだ~。実は私初めてじゃないんだ。雄大アイツに不意打ちで奪われてマジで最悪だった。だけど―――」


 瑞希が俺の前で膝立ちになる。そして、この時のためにTシャツ一枚なのだろうと思わせるように両手で裾を捲し上げた。


「ステップスリ~。もっとお互いの体を触れて確かめてみよう。

 いいんだよ、雄大アイツのことは気にしなくて。

 最初に関係を壊したのはアイツだし、だったら私達が壊しても文句は言えないわけで。

 それじゃあ、行ってみよう! 安心して、こっちは初めてだから♡」


 俺は思った。家に招き入れたのは瑞希の姿をした獣だったのかもしれないと。

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