第11話 ベオークの力
自分の姿を見下ろし、エヴァはおどろいて硬直した。
着ている服はギリシャ神話のような、丈が足の甲まである、長いゆったりとしたキトン。色は
「え?」
むきだしの腕はいつもより黄味が強い。爪は深い緑色。
「え? え?」
視界に入る、こめかみから垂れる毛は
頭に手をやった。長い髪は後頭部にまきつけるように高くゆわれている。
「こ、この服……」
エヴァは仰天していた。ノアと三匹の動物は心配そうにする。
「だ、大丈夫かい?」
「キュアライダーの変身コスチューム?」
「???」
兄が見ていたテレビでは、『変身!』と、かけ声をあげたキュアライダーが、薄緑のキトン姿に変身していたことがあった。
家事をしながら、ぼーとながめた。
(ギリシャ神話の女神みたいな衣装だなあ)
尖った金髪の先がひゅっと飛んできた。
「姫、わたしのもとへ来い!」
「きゃ」
金髪をよけ、地面に手をつく。すると二の腕下から手先が木の根のように変質し、メリメリと勝手に地中へもぐった。
「なにこれ」
(キュアライダーとちがって全然かわいくない)
冷たい土の感触。
ブウンっと、頭の中に映像がながれこむ感覚がした。
(……?)
頭の中で浮かんだ風景が次々つながり、ネットワークができるような感覚がした。
(木の、根?)
脳に
「うっ……。くっ」
「どうした?」
樹木になった手先を土中につっこんだまま、エヴァはひたいを地面につけた。
「痛いの。頭が。重い。……ぐっ」
「しっかりしろ」
「あああ……」
ノアがしゃがみ、エヴァの木になった腕を地面からひっこぬこうとした。
「きっとこれのせいだ」
エヴァは体を起こそうとするが、首はうまく動いてくれない。
頭はどんどん重くなる。重い岩を乗せられ、メリメリと少しずつ
(もしかして、ここで死ぬの……?)
エヴァはゆっくり目をとじる。地中からささやき声が聞こえた。
「……が切られた。……が……足りない……」
「……あいつ強い……」
オシラ語ではない、
エヴァは目をあけ、声をしぼりだした。
「……今、『足りない』って」
「なにか聞こえるのかい?」
「旧ベオーク語。先生の教えてくれた」
エヴァは重たい頭で、ノアと剣の
日没直後の城で、剣の稽古をしながら、ノアはエヴァに話した。
「明日行く国境はベオーク領が近い。歴史は知ってるね」
「ええ。もとは東の森の大国、ベオーク国。統一戦争のとき一領地としてオシラに組みこまれたのよね」
「そのとおり。ところでベオーク領民の多くは旧国語を話している」
「ベオーク語はそれなりに勉強したわ。行ってみたいから」
「ならいい。ベオーク語をいざというとき使いこなせるようにしておきなさい」
「ベオーク語を?」
「万が一のとき、現地住民に現地語を話せば味方してくれるかもしれないよ」
「そうかしら」
「もしきみのところに異国人がやってきて、オシラ語であいさつされたらどう思う? オシラの文化も知ってたら?」
エヴァは少し考えた。
「……確かに助けてあげようと思うかも。前世でもキュアライダーを知ってた留学生とすぐに仲良くなれたし。あれだけはお兄ちゃんのおかげ」
「?」
「つまりは親しみを覚えさせる手だてというわけよね」
「そうだ。きみは婦人だから残念ながら力や体力に限界がある。だがほかにできる努力も多くあるんじゃないか?」
「なるほど。言葉を覚えるのはいいわ。前世でも国語と英語の成績が一番よかったもの」
「??」
夜になると、エヴァは図書室へ向かった。
本棚を探し、辞書を見つける。
「あった。旧ベオーク国語の辞書」
辞書は子ども用で、絵が描かれ絵本のようだ。
「子どもっぽいわねえ。まあこれしかないからしょうがないか」
(明日持っていこう)
地面を頭につけ、小さく言葉をしぼりだしたエヴァに、ノアや三匹の動物はとまどった。
「ぼくにはなにも聞こえないが」
「おれにも」
地面からさらに声がする。
「……がもう……動かせない」
「先生、腕、抜いて」
「あ、ああ」
ノアはエヴァの樹木になった腕を地面からひっこぬいた。
腕はもとにもどり、頭が一気に軽くなる。ぐったりとしてノアによりかかり、息を吐いた。
「はあ。死ななくて、すんだ」
「きみは聞いた言葉と言うのは?」
エヴァはまだ残る頭の激痛に耐えながら、とぎれとぎれに、
「多分、地面」
「地面?」
「地面から、操ってるみたい。あの女の、人たち」
「なんだって?」
「地面を攻撃したら、いいのかも……」
すぐさまノアは剣を地面に突きたてた。犬のラパも前足でほる。
下から悲鳴があがった。金髪の女たちがとびあがり、倒れたり、木にぶつかったり、
男が金髪で地面を叩く。
「しっかりせよ。ベオークの民がみっともない。ダエグはもう協力せぬぞ」
「今のうちに逃げよう」
三匹の動物は、地面を
「きみもだ」
ノアがぐったりしたエヴァの肩をかつぎ、逃げようとする。立ちあがる直前、エヴァは地面に落ちた
(これ)
男がにゅるにゅると金髪を伸ばし、毛先をエヴァの胴体にまきつけようとした。
「ベオークの力を使ったか。だが逃しはせぬ」
「いや……」
男の金髪を、横からだれかがはじきとばした。
「ふん!」
エヴァが見上げると、こぶしを構えた大男が立っていた。黒曜石のような瞳。太い腕。たくましい胴体。服は着ていないが、ウェーブのかかった長い長い銀の髪が、体全体をおおい隠していた。
見たことのない男だ。
「あなたは……」
「わしがこいつをとどめる。おまえさんたちは早くゆけ」
(だれ? ……でも前に会ったことがあるような)
「エヴァ、いまは行こう」
ノアに引きずられ、その場から離れた。
(だれだっけ?)
金髪の男に
「ほほう。きさまは百年前となにも変わっとらんな。今も名前はベルカナか?」
かきあげられた銀髪の下、ひたいの真上の部分に、先が丸く短い
金髪の男は銀髪の大男をにらみつけ、ひとこと、
「ザカライア」
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