第9話 聖域

 ノアがカイとシエルに目配せした。二人ははっとして、エヴァをはがいじめにする。


「え?」


 二人はエヴァをエイベルの背に押しあげて乗せた。ノアはエイベルに飛び乗ると、手綱たづなをひき、急いでその場を離れる。

 ノアの乗っていた馬に、カイとシエルが耳から血をながすラパを乗せた。


「ちょっと重いけど耐えてくれよ」


 二人もその馬に乗り、エイベルの後を追った。

 エヴァはエイベルの上から背後をふりかえる。

 

「待って。シェルブさんが……」

 

 体が鉱物になったシェルブの首が叫んでいる。

 

「置いていかないで! 助けて! 助けて!」


 ニコニコとした金髪の女たちが、シェルブを取り囲んだ。

 

「ダイジョウブ?」

「ダイジョウヴ?」

 

 エヴァたちは体が鉱物になったシェルブからも、追いかけてくる金髪の女たちからも、巨大な石像からも、冷たい吹雪からも、どんどん離れていった。


 


 景色が岩場から森に変わった。

 木々の間を、ノアとエヴァを乗せたエイベルと、そのあとを追うカイたちを乗せた馬が走る。

 ノアがあたりを見渡した。

 

「木が増えた。ベオーク領まで来たな」


 ベオーク領はオシラ国の東側の領地。領土面積が帝都のあるオシラ領についで大きく、森が多いことで知られている。

 もうダエグの国境から離れたようだ。


 エヴァがノアに、

「どうしてシェルブさんを見捨てたの?」

「きみが彼を助けようとしていたなら、あのおばけはきみを石に変えていた」

「それは……」

「きみがやられれば、ぼくもカイもシエルも動けなかっただろう。もちろんラパもだ。1人助けるのに4人、いや、きみを含めて5人死んでいた」

「……」

「どの道彼は助からなかった。戦場で婦人らしい同情心を出すな。やはりきみは来てはいけなかった」

(婦人らしいって……)

「あなたも結局兄さまと一緒なのね」

「なんとでも言え」

 

 行く先の木の間からぬっと、笑う金髪の女が現れた。

 

「ダイジョウヴ?」

「おっと」

 

 ノアはエイベルをあやつり、進行方向を変えた。カイたちの乗ったうしろの馬もついてくる。

 変えた行く手にまた金髪の女が現れた。

 

「ダイジョウヴ?」

「しつこいな」

 

 ノアはまた方向を変えた。

 行手にさらに金髪の女が。わらわらと、数が増えていく。

 

「またか」

「ねえ。さっきからわたしたちあいつらに誘導されてない?」

「なに?」

「どこかに誘いこまれてるんじゃ……」


 次の行く先には草が生い茂っていた。

 エイベルがその茂みへつっこむ。ふわっと体が宙に浮く感じがした。

 

「ひゃ!」

「うわ!」


 茂みで隠れていた行き先はがけだった。



 

 立ち並ぶ木々からもれる光がまぶたに落ち、エヴァは目を覚ました。首のペンダントの、紺青の円盤が、太陽の光を反射しキラキラ輝いている。

 崖下がけしたで倒れていた。

 

「痛……」


 ズキズキする体で起きあがると、そばにノアが倒れていた。


「先生、生きてる?」

「……くっ」

 

 ノアは目を覚ます。

 

「エイベルさん、みんな、どこ?」

 

 エヴァはまわりを見渡した。ふしぎと息が吸いやすい。


(この場所、とてもきれいな感じがする)


 周囲をはいまわると、近くの茂みの間にラパ、カイ、シエルが倒れていた。


「……ん?」

 

 三人を見て、エヴァは少しおどろいた。

 ラパの切り落としていない片耳が、ぴょこっと、犬のように大きく伸びていた。臀部でんぶには尻尾、口元には数本の白く長いひげ。体は黒い毛でおおわれ、服と半分くらい一体化している。

 カイとシエルの体も、もこもこと、服と一体化した毛におおわれていた。

 

「んん?」

 

 片耳に触ると、ラパはかっと目を開けとび起きた。

 

「うわ! 敵か?」

「その姿、どうしたの?」

「あ? ……なんじゃこりゃ」

 

 ラパは自分の体を見て静かにつぶやいた。

 

「ここどこ?」

「うー。痛い」

 

 カイとシエルも目を覚ます。

 メキメキと、ラパ、カイ、シエルの体が変質していった。


「え?」

 

 3人はそれぞれ大きな黒い犬、尻尾の長い茶色のキツネザル、もこもこした羽毛の白いキジに姿を変えた。服は完全に体毛になり消えた。

 

「ええ? えええ?」

「鳥になってる」

「おれサルなの? どうせなら猫がよかったんだけど」

 

 動物になった三匹はびっくりしながら、二足歩行でぴょんぴょんはねまわったり、尻尾をふったりした。

 ノアがあぜんとする。

 エヴァもびっくりした。

 

「キュアライダーのお供三人衆?」

「?」



 テレビで、白馬に乗るキュアライダーと一緒に戦う犬、猿、キジが登場していたのだ。

 

『お供三人衆、いくわよ』

『へい!』

 

 

 ラパがほえる。

「動物じゃねえ。多分ウィルになってやがんだ」

 ノアが首をかしげ、「ウィル?」

「先生も知らないの?」

「聞いたこともないが……」

 

 すっと、木の裏から男が現れた。全員はっとしてそちらを見る。

 白くゆったりした服をまとう、長い耳に、長い金髪の男だった。顔は彫刻のように美しい。

 

(金髪……!)

 

 男はエヴァのほうへ歩みよった。

 ノアがエヴァをかばうようにして立つ。

 男はにやりとした。

 

「ここは聖域せいいき盟約めいやくも関係ない」

 

 長い金髪がうねうね波打ち、伸び、束になり、毛先がくいのようにとがって硬化した。

 ぴしゃりと硬い毛先が、エヴァの前に立つノアをはじきとばした。

 

「先生!」

 

 男の金髪がエヴァの腕にからみつき、引きあげた。

 

「うっ」

伍長ごちょう!」

 

 三匹の動物が駆け寄ろうとする。だが男の硬い金髪が地面を叩くと、衝撃でふきとばされた。

 金髪の男は、自分の目線の高さまで引きあげたエヴァの顔を、なめまわすように見つめた。

 

「オードの姫。ベルカナだよ。百年前はあれほど愛しあったではないか」

(オードの姫? 百年前?)

「なんのこと?」

「わたしをからかっているのか? そのコスミスこそオードの姫のあかし」

 

 男はエヴァの首にかかったペンダントを指先でなでた。

 

(これ、コスミスっていうの?)

 

 男は金髪の中から円盤のチップを取り出した。

 黒いダイヤモンドのようなチップ。表面に白い幾何学きかがく模様が描かれ、アルファベットのFの先端を斜め下にさげたような文字が彫られている。

 男はチップをエヴァの口に突っ込んだ。

 

「んん」

「いとしい姫、わたしを思い出せ」

 

 首から垂れる紺青こんじょうのペンダントを、男がエヴァの口にあてがった。

 ざわざわと木々が音を立て、ごおっと地面が揺れる。

 空の白い雲が黒くうずまき、太陽の光をさえぎった。

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