第8話 石の体 石の耳

 峡谷きょうこく。上から、オシラ軍が一斉いっせいに矢を射った。底に追いつめたダエグ兵に、矢の雨がふりそそぐ。

 ダエグ軍はどんどん倒れ、動かなくなった。



 峡谷の上に大きなテントが張られている。そこはロンの陣営だった。

 


 テントの中で、ロンは革張かわばりのふかふかの椅子にふんぞりかえって座っていた。周りでは兵士たちがひざまずいている。

 テントにノアが入った。

 

「作戦は順調です。明日にでもダエグ兵はおとなしくなるでしょう」

「おれが援軍に来てやったからだ。感謝しろ」

「はあ」

「ところであの女を早く捕まえる準備をしろ」

「エヴァ姫のことですか?」

「あの女は今ごろおびえて逃げているはず。作戦の成功に免じ処刑はしないでやる。が」

 

 ロンはむちを手にし、地面をビシビシと打った。にやにやしながら想像する。

 エヴァが泣きべそをかいて陣営にもどり、謝罪しながら鞭打たれる場面を。


「……殿下のお考えはその程度のものだったのですか?」

 

 ロンはノアに鞭を突きつけた。

 

「口の利き方に気をつけろ。おまえがいとこでないなら第四軍に送っていた」


 鞭の先を見下ろしながら、ノアは豪華なドレスの皇后と、弱々しい母親の姿を思いうかべた。


(そう、ぼくの母はこの方の母、皇后さまの妹。だが……、全然似ていない)


「エヴァは本気でした。毎日毎日、細い腕で重たい剣を振り回し、どうしたらみんなに認められるのかと一生懸命でした」

 

 ノアの真剣な口調に、ロンはたじろぐ。

 

「だから?」

「彼女は本当にダエグ兵に挑み、本当に……」

 

 ノアは言葉をとぎらせ、身をひるがえした。

 

「第四軍の様子を確認してきます」

 

 ノアは陣営を出て行った。



 椅子に座ったまま、取り残されたロンはソワソワし始めた。


「ま、まさか。あれは女だそ。ダエグ兵に立ち向かうなど……」

 

 妹や弟や馬を相手にしているときの、エヴァの輝くような笑顔を思い出す。

 

(まさか。まさか)


 


 岩場では、首から下が鉱物になったシェルブが、ぐぐっと頭を動かしていた。

 まわりの兵士たちが金髪の女たちから逃げだす。

 

「うわああ」

「ダイジョウヴ?」

「ダイジョウブ?」

 

 ニコニコした金髪の女たちに体を触れられ、兵士たちの体が鉱物のように硬化した。動けなくなる。

 ずうん、ずうんと、地鳴りがした。

 エヴァは空を見上げる。

 

(今度はなに?)

 

 小山ほどの大きさの、巨大な黒い戦士の石像が、木々をふみつぶし、せまってきていた。

 ひゅうっと吹雪のような風がふき、みな凍える。

 ラパがぼそりと、

「ウィルだ」

「ウィル?」

「人でも動物でもないバケモノどものことだよ。オシラ領じゃ見かけないが」

「初めて聞いたわ」

「百年前の統一戦争後に、えらい連中がオシラでウィルのことを口にするなと勅令ちょくれいを出したんだろ」

「……初耳なんだけど」

 あっけにとられる。

「地方じゃ有名な話だが。お姫さまは知らねえのか?」

「……って、それよりあの人を助けないと」

 

 エヴァはシェルブのほうへ駆けた。シェルブの全身と一体化した、鉱物の女たちをひき離そうとする。


「手伝います」

 

 シエルとカイも、シェルブと鉱物の女をひっぱり、ひきはなそうとした。ラパも加勢する。エイベルも首を伸ばし、シェルブの服を口で引っ張った。

 鉱物になったシェルブの体と、女たちの体は、まったく離れない。


「やめてよ……」


 シェルブの体は鉱物になりきり、もとの肉体が残っているのは首から上だけ。


「助けて伍長ごちょう。石になったところの感覚がない」

「……」


 ゆらっと金髪の女が近づいた。


「ダイジョウブ?」


 ラパの耳がその指につかまれた。


「う!」

 

 女の指先から体が鉱物に変質した。ラパのつかまれた耳も一緒に、メリメリと鉱物に変わる。


「……!」

「今離すわ」

 

 エヴァ、カイ、シエル、エイベルで、鉱物になった女の指と、ラパの耳を引き離そうとした。だが、がっちりとひとつになっていて、どうしても引き離せない。

 

(一体化してるの?……なんかこんな感じの敵、キュアライダーにいたような)


 

 

 兄が見ていたテレビでは、触れることで仲間を次々と石に変えていく怪人が登場していた。

 

『ショッキーさまにさからうやつらはこうだ!』

『やめなさいストーンマン!』


 


「ストーンマンよ!」

「こいつらのこと知ってんのか? だったらとめてくれ」

 

 ゆらゆら近づくべつの金髪の女の手が、エヴァの腕をつかもうとした。

 

「ダイジョウヴ?」

「きゃ!」

 

 寸前、横からナイフが飛んできて、金髪の女の頭に当たった。女が倒れる。

 少し離れた場所で、馬に乗ったノアがナイフを構えていた。

 

「様子を見に来てみれば」

「先生!」


 ほかの金髪の女たちが、ゆらゆらとエヴァたちのほうへせまった。笑う女たちの体や顔は鉱物に変質していく。

 ずうん、ずうんと石像の巨人が近づき、石化して動けない者たちをふみつぶした。

 

「ぎゃあ!」

 

 吹雪で手先や鼻先が凍る者もいる。

 

(こんなの人間に勝てっこない。どうしたらいいの? たしかテレビでは……)

 


 

 キュアライダーは、怪人のせいで石化した仲間の腕を切っていた。

 

『ごめん!』


 

 

「……切るの。石になったところ」

「ええ?」


 ラパは覚悟を決めたように目をつむった。


「そうしてくれ。もう耳に感覚がない。石になっちまったみてえだ」

 

 シェルブはさけぶ。

 

「やめてくれ! 切らないでくれ!」

 

 ノアが声を落ち着かせて、「切るしかない。ぼくがやろう」

 と、ラパの耳の、肉と鉱物になった部分の境目に剣を当てた。

 

「待って。言ったけどやっぱりそれは……」

(この人の耳は一生……。わたしのせいで)

 

 女たちはわらわらと寄ってくる。当然、待ってくれるはずもない。

 

(どうしたら)

「エヴァ、判断するのも上の人間の仕事だ。責任を背負うのも。やるか? やらないか?」

(上の人間の仕事……)

「……わかった。やって」

 

 ノアはラパの耳を切りおとした。

 ラパの悲鳴とともに、石の女の指先が折れ、鉱物になった耳がぼとりと地面に落ちる。鮮血せんけつをべったりつけて。

 エヴァは吐気を我慢した。

 

「動ける?」

「ああ」

「つぎは……」

 

 エヴァは首から下が鉱物になったシェルブに顔を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る