第7話 ダイジョウヴ

 ノアはエヴァに顔をむけた。

 エヴァは全身の血の気がひいていた。それでもほほえんでみせる。


「大丈夫。やってやるわ。第四軍以外にいても死ぬかもしれないし。それなら、どうせなら……」

 

 ロンは口では余裕綽々よゆうしゃくしゃくで、

「そうだ。ほかでもないこのおれさまの考えだぞ」

 と言うが、内心いらだっていた。

(命乞いすると思ったのに)


 エヴァはノアたちに背中を向けた。


「行くわよ、みんな」

伍長ごちょう、どうするんですか」


 隊員たちがエヴァについていく。

 


 

 丘の下の戦場。

 おたけびをあげ、血まみれの剣を振りまわすダエグ兵が、大波のように迫ってくる。

 敵軍の近くにいる第四軍の、ある隊の伍長が、部下に命令した。

 

「ゆ、ゆけ」

 

 部下たちはためらう。

 

「お、おれは伍長だぞ。皇太子殿下にきさまらのことを報告すれば、きさまらは処刑だ」

 

 部下たちはふるえあがり、ダエグ兵の軍団に突っこんだ。あっという間に囲まれ、剣ややりで全身をつらぬかれ、八つ裂きにされた。肉も骨もあっさり馬に踏み潰されていく。

 

「ひい」

 

 伍長は恐れて逃げだした。

 ぼうぜんとしているエヴァの隊に、敵軍がどんどん近づいてくる。

 

(これが本当の戦場……)

 

 ラパ、カイ、シエル、シェルブはふるえあがった。

 

「伍長、どうするんですか?」

「なにか作戦は」


 エヴァを背に乗せるエイベルも、なにか言いたげにしきりに鼻をならしている。

 

「あなたたちは早く安全な場所へ逃げて」

「伍長は?」

 

 エヴァはエイベルから降り、おもむろに服の中からペンダントを取りだす。手のひら程度の大きさの、紺青こんじょうの、キラキラしたコンパクトのようなペンダント。開けてクリスタルのチップを取りだし、下腹で重ねた。

 

「変身!」

 

 クリスタルのチップからスルスルと、蜘蛛くもの糸のかたまりのようなものが出て、体を包んでいく。

 部下たちはあぜんとした。

 糸をとりさると、エヴァの装束しょうぞくが変わっていた。ヒラヒラした、ピンクのミニスカートのドレス姿。ペンダントは勝手に首にかかっている。

 この衣装は、前世で憧れた変身ヒーロー、キュアライダーの基本コスチューム。


(悪いやつを倒す正義のヒーローになるの……)


 前世のテレビの中の彼女のように、エヴァは腰のロングソードを抜いた。

 

「わたしは一人で戦う。途中でエイベルさんを逃してあげて」

「伍長、そんなに強いんですか?」

「大男千人よりも……?」

「いいえ。普通に弱いと思う」

「ダメじゃん」

「一緒に逃げましょうよ」

「皇太子殿下の命令には逆らえないわ。逃げても処刑されるだけ」

「それならおれたちだって……」

「あなたたちはわたしと一緒にここで戦死した。命令よ。逃げて」

 

 エヴァは血の気がひき、ふるえが止まらなかった。それでも、真っ直ぐ敵軍を見すえる。

 

(ここで戦えば功績にはなる。勇敢に殉死じゅんししたエヴァ皇女。女だってやればできるとみんな認めてくれるはず。こうして変身ヒーローにもなれたし。だから、いいじゃない)


 走馬灯そうまとうのように、さまざまな記憶が浮かんだ。

 エイベルのこと。

 自分を慕ってくれたルナやソレイユのこと。

 幸せを祈ってくれたノアのこと。

 涙がじわじわあふれた。

 

「さようなら異世界!」

 

 叫んでロングソードを振りまわし、敵軍のほうに突っこもうとした。

 ラパがとっさにエイベルに飛び乗った。エヴァの首元をつかむと、むりやりエイベルの背にひきずりあげる。

 

「なにするのよ」

「おれはあんたの命令なんて絶対に聞かねえ。無駄死にを選択する伍長は伍長じゃねえよ!」

 

 ラパは手綱たづなを引く。エイベルは素直にいうことをきいて走りだした。

 

「そ、そうですよ!」

「みんなで逃げよう」

「自分が死ぬのも知り合いが死ぬのも寝覚め悪いし」

 

 シエル、シェルブ、カイも、エイベルに続いて走って逃げた。

 

「あ! あの隊が逃げたぞ!」

 

 第四軍の他の部隊も彼らに続く。



 景色は荒野こうやからごつごつした岩場に変わった。木がまばらに生えている。

 エヴァを小脇こわきに抱えたラパを乗せ、エイベルは駆けた。うしろからカイ、シエル、シェルブと、第四軍の者たちが必死で走る。

 

「離して!」

 

 エヴァは暴れた。

 ラパはエイベルを止め、どさっとエヴァを地面に放りだした。滝のように汗をかき、ぜいぜいと息をする。


「ここまでくれば」


 ついてきた者たちも止まった。

 

 シェルブが、「皇太子殿下に処刑されないよう、ほとぼりが冷めるまでここで身を隠そう」

 

 エヴァは首にかかったペンダントを開いた。


(変身解除)

 

 体から蜘蛛の糸のような塊がぱさりとおち、もとの鎧姿よろいすがたになった。クリスタルのチップは勝手にペンダントの中に格納されている。

 エヴァは立ち上がり、興奮状態で言った。


「わたしもどるわ。エイベルさんを渡して!」

 

 ラパがエヴァを殴った。

 

「頭を冷やしやがれ!」

 

 エイベルもエヴァから離れる。

 

「エイベルさんに乗せてよ!」


(人から認められなきゃ。みんなが処刑されないようにしなきゃ)

  

 かあっとたかぶった頭では、それ以外なにも考えられなかった。

 エイベルのほうに行こうとするエヴァを、みんなが止める。

 シエルが不安そうにした。

 

「シェルブさん、水や食糧はどうするんですか?」

「それは……」

「けがをしてる人もいるんですよ。手当もどうしたら……。うー」

 

 こらえきれないといった風に、シエルは泣きだした。

 ほかの兵卒にも、もらい泣きする者がいる。

 ラパが彼らひとりひとりを殴った。

 

「男が泣いてんじゃねえ!」

「なにしやがる!」

 

 殴りあいが始まった。

 シェルブが、「みんな落ち着け!」

 と叫ぶが、彼らは混乱し、不安におちいり、泣いたり怒鳴ったりして、冷静な声が聞こえない。

 シェルブは途方にくれた。

 がさりと、背後からの枝葉を踏む音に、シェルブだけが気づいた。ふりむくと、数人の女たちが立っていた。長いウェーブの金髪に美しい顔立ち、白い簡素なスカート。青い目。白い顔。唇にニコニコと笑みをはりつけている。

 シェルブはほっとして女たちに近づいた。

 

「助けてくれ。われわれはオシラ軍なのだが」

 

 金髪の女がニコニコしながら、すっと右手をさしだし、たどたどしくたずねた。


「ダイジョウブ?」

「ああ。握手かな」

 

 シェルブは女の手を握った。

 女の白い手の先がメキメキと、灰色がかった鉱物に変わる。シェルブの手の先も一緒に硬化し、灰色がかり、女の手の先と一体化した。

 

「え?」


 みんなしんとした。

 

「ダイジョウブ?」

「ダイジョウブ?」

「ダイジョウヴ?」

 

 金髪の女たちの手が、べたべたとシェルブに触れた。肩、腕、手、腹、背中、腰、尻、足。触れられ部分の服は溶ける。

 女たちの手は、触れたシェルブの部位と一体化し、メキメキと鉱物に変わった。手だけでなく、顔や体も。

 シェルブがぐぐっと首をうしろに向けた。


「た、助けて……」

 

 彼の顔以外、首から下の肉体は、完全に鉱物に変質していた。

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