第5話 金髪の杭

「え?」

 

 みながおどろいた。

 

気骨きこつがあると思うよ。ぼかあ」

「それじゃ父さま、戦場に行っても構わないのですね」

「うん」

「やったあ!」

 

 エヴァは大よろこびした。

 ロンがうろたえる。


「だ、だが女が戦地に行ってなにをする?」

「剣で戦います」

「女のくせに剣が使えるのか?」

「ええ。まあ」

(前世は中高で剣道部だったので。ハマってたなあ。あの頃は父さんや母さんも健在だった……)


 皇帝が思いついたように、

「剣といえば、スチュアートくんは騎士ナイトだしそういうの得意だよねー」

 

 急に話を振られ、ノアはたじろいだ。

 

「え? ええ」

「教えてやったら? 講師してたじゃん」

「ええ?」

 

 エヴァはぱあっと顔を輝かせ、ノアをふりかえった。ノアは頭を抱える。

 ロンは地団駄をふみ、玉座の間から出て行った。


「もういい!」



 

 翌日の朝、城の庭。整えられた緑の間を、小さな双子のルナとソレイユが走り回り、遊んでいた。

 そのうち、真っ白な馬のエイベルにまたがり、ロングソードを振っているエヴァに出くわした。馬上で槍を振るうノアと手合わせしている。


 ノアがエヴァに、「筋がいいね」

「前世は剣道部だったもの」

「?」

 

 ルナとソレイユはふたりのところまでかけよった。


「エヴァお姉さま」

「なにしてるの?」

 

 エヴァはロングソードを顔の前に構えてみせた。

 

騎士きしになるの。十日後に初陣よ」

「わあ。カッコいい」

「ぼくもきれいなお馬さんに乗った騎士になりたい。お姉さまを守るの!」

 

 エイベルがふふんとほこらしげに鼻をならした。

 ノアはごくまじめに二人をたしなめる。


「騎士は遊びではありません。戦いで死ぬこともあります」

 

 とたんに双子は泣きだした。

 

「エヴァお姉さま死んじゃやだー!」

 

 エヴァはあきれた調子で、「先生、レディとジェントルマンを泣かせないでよ」

 

 エイベルもじろりとノアをにらんだ。

 ノアは途方にくれる。


(なぜぼくがこんなことを……)


 正直うんざりしていた。


(まあ、厳しく訓練すればそのうちへばって彼女もあきらめてくれるだろう。しょせん婦人だ)


 


 九日後。

 日がしずんでも、馬に乗ったエヴァとノアは、まだおのおののロングソードとやりを合わせていた。エヴァは摩耗してあがらない腕を、顔を歪めながら無理やり持ち上げる。

 ノアはおどろいていた。


(しぶといな)

 

 見物しにきていたルナとソレイユは、飽きて眠っていた。

 エヴァがノアの槍を弾くと、槍先がエイベルにかすりそうになる。

 

「だめ!」

 

 エヴァは手綱たづなを引き、槍の軌道からエイベルを逸らせた。その一瞬で、ノアはエヴァの首元まで槍先を突きだす。

 

「……あーあ。負けちゃった」

 

 エヴァは残念そうにロングソードを落とした。

 

「休憩にしよう」

 

 ノアは馬から降りた。エヴァもエイベルから降り、彼の頭をなでた。エイベルがなぐさめるように、エヴァの肩を口元でつつく。

 ノアはなんとなく考えた。

 

すじは悪くない。根性もある。だがこの婦人らしい臆病さは……)

 

 エヴァがちらっと見てくる。


「先生、今『女は臆病だから戦では役に立たない』とか思った?」

 

 ぎくりとした。

 エヴァはエイベルに寄りかかる。

 

「わかってるわ。わたしはどうせ役立たずよ。でもそれしか思いつかなかったの」

「はー。泣かないでくれよ」

「泣くわけないでしょ」

 

 と、言いながらも、声はふるえて今にも泣きそうだった。顔をエイベルの首元にうずめる。

 エイベルがノアをにらんだ。

 胸がちくりと痛む。


 思い出す。

 家でひとり泣いていた母親のこと。

 

 ノアはエヴァのそばに行き、エイベルにたずねた。

 

「寄りかかっても?」

 

 エイベルは片方の足でノアをろうとした。

 

「きらわれてるようだ」

 

 少しおどけて笑ってみせるが、エヴァは白い毛に顔をうずめたまま。

 

「殿下のことは気にしなくていい。ああいう人こそ本当はか弱い」

 

 エヴァは怪訝けげんそうに顔をあげた。

 

「強い人ならいちいち婦人をおとしめて満足したりしない」

「そうかしら」

「ああ。ぼくの父にそっくりだ」

「先生の父さまは勘違い男なの?」

「ははは。今する話じゃないな。それよりもきみの話が聞きたい」

「わたしの?」

「なにを企んでいるかは知らないが、努力しようとしているのは剣筋から感じた」

「だって戦場だとほかにできることはなさそうですし」

「だがわざわざ危険な思いをして戦地にいく必要はないはずだ」

「……先生はこの国の女が成人したらどうなるか、当然ご存じですよね」

「? さあ?」

 

 エヴァはむすっとした。エイベルのひずめがノアのすねを軽く蹴る。

 

「なにをする」

「お嫁に行くんですよ」

「普通のことだ。男も妻をめとる」

「男の人は結婚しても自由じゃない。なりたいものを目指して夢だって見れる。だけど女はどう?」

「エヴァ、男にだってつらいことは……」

「女は家に閉じこめられるのよ。母さまがそうだった」

 

 

(母さまというか、前世だけど)

 

 エヴァは前世で、兄のいる家やブラック会社に閉じ込められ、妹だから、女だからと、いやというほどこきつかわれた。

 

「……」

「母さまがいつも言ってたわ。『妻に自由なんてない。許されるのは夫と子供に尽くすことだけ』」


 エヴァは感情がたかぶり、しくしく泣きだした。


(あーやだやだ。人前で泣くなんて)

 

 

 ノアはショックを受けた。


(殿下にどんなにいじめられても泣かない子が……)

 

「だからどうせなら嫁ぐ前にやりたいこと全部やってみたいの。夢だって見たい」

 

 さらに思いだす。

 

 泣いている母親のこと。

 幼な心に思っていたこと。

(お父さんのかわりにぼくがお母さんに優しくしなきゃ)



「女はつらいのだな」

 

 ぼそりと言われ、エヴァは目をパチクリさせた。

 

「先生、ほんとに兄さまの手下なの?」

「なんて言い草だ」

「だってそんな発言、兄さまなら絶対ありえないわ」

「ぼくは女とか男とかどうでもいい」

「大丈夫? 兄さまにいじめられていない?」

 

 ノアは笑った。

 

「ぼくはきみが一人の人間として幸せになってほしい。心から願ってる。なんなら協力しよう」

「……え」

 

 エヴァはドキッとした。


(やだわたしったら。ドキドキしちゃってる。なんで?)

 

 その様子を見て、ノアもどぎまぎした。


(なんだその顔は)

 

 エヴァは茶化すように、

「ど、どうせみんなに言ってるんでしょ」

「な。ぼくがそんなふらちなやからではない」

「あはは」

 

 ふと、エヴァはぞくっとした。

 

(視線……)

 

 遠くから、ロンがエヴァたちを見ていた。若い女たちを大勢引き連れている。

 エヴァと目が合うと、ロンは女に抱きついたり、キスしたりしだした。

 

「うわあ」

「あの方は明日戦なのをわかっているのか?」

「戦に行かないあの人には関係ないんでしょ。無視無視。それより稽古けいこの続きをしてよ」

「なあエヴァ。少し考えたことがあるんだが」

「?」



 ロンの女たちの中に、豊かな金髪に、耳の長い、美しい女がいた。ノアと話しこんでいるエヴァをじっと見つめている。


 

 

 夜、城の大きな寝室の、大きなベッドに、薄着の女たちが集まっていた。

 ロンは豊かな金髪の女を蹴りとばし、他の者より長い耳を引っ張った。

 女たちはおびえる。

 

「どうだ? しょせん女にはなにもできない」

 

 ロンはノアと楽しそうに話しているエヴァのことを思いだし、腹の底がむかむかとした。


(明日はおぼえていろ)


 蹴られた金髪の女は、はいつくばって部屋から出た。


 


 月明かりのさしこむ暗い廊下を、金髪の耳の長い女はしくしく泣きながら歩いた。

 前から衛兵えいへいが数人やってきて、女を取り囲む。

 

「見つけた。ダエグのスパイだ」

「金髪に長い耳の女。密偵の報告のとおりで間違いない」

「ロン殿下の女に紛れていたとは。おとなしくしろ」


 衛兵が女を取り囲み、手を拘束しようとした。

 女の髪がうねうね動き、金糸の毛が束になった。束の先が集約し、くいのようにとがったかと思うと、にゅっと伸びて衛兵たちの首を貫く。


「ひい」

「ばけもの!」

 

 衛兵たちは腰を抜かした。逃げだす者もいる。

 うねうね伸びた金髪の杭は、衛兵たちを前から後ろから貫いた。


 ほどなくして、一人を残し、衛兵は全員動かなくなった。

 女はべっとりと赤くぬれた金髪をしぼる。血がしたたった。

 

「ひ、ひい」

 

 唯一生きている衛兵は尻もちをつき、泡をふいて倒れた。

 

「弱い。この分では明日相手にならぬ」

 

 メキメキと女の体が変質し、たくましい男の体に変わった。垂れた長い金髪。長い耳。美しい顔。

 男は金髪の杭の先を、倒れた衛兵にむけた。昼間ノアと話していたエヴァのことを思いだし、にやりとする。

 

(百年待った。わが姫君。ようやく手に入る)

 

 金糸の杭が衛兵の胸をつらぬく寸前、男の体がドロドロと溶けていった。

 

「ちっ。時間切れか」

 

 男の体は跡形もなく溶けて消えた。

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