第4話 謁見

 翌日。城の玉座ぎょくざの間。

 高い高い天井。白い大理石だいりせきの床には、入り口から奥まで、まっすぐ赤い絨毯じゅうたんが敷かれている。その先の玉座には、でんっと太った皇帝こうていが座っていた。銀髪ぎんぱつの上に、ピカピカの金のかんむりをのせている。

 玉座の前に、ロンやノアや臣下しんかたちが集まった。

 臣下たちが大きな地図を広げる。大きなオシラ国と、その北東に位置するダエグ国の地図。

 皇帝への説明が始まった。

 

「ダエグ国との国境こっきょうでダエグ兵の襲撃しゅうげき頻発ひんぱつしているようです」

「わが国の国境警備隊が応戦していますが、数が多く苦戦しているとか」

「陛下、援軍を送るかいなかご裁量さいりょうを」

 

 ロンがいきりたった。

 

「やつらは我々をなめている。全軍を送るしかありません」

 

 臣下たちは顔を見合わせた。皇帝は軽い調子で言う。


「いーんじゃないの。全軍送っちゃって」

 

 ロン以外のみなが青ざめた。

 

(皇帝陛下はこう、なんというか)

(軽い……)

 

 ノアが進言する。


「なりません。しょせん小競こぜりあいです」


 ロンが反論する。


「ノアよ、小競りあいの時点でわが国の威信いしんを見せつけるのだ。そんなこともわからんのか?」

「全軍を送れば向こうもそのつもりで来ます」

「だからどうした」

「ダエグと全面戦争になります」

「ふん。あんな小さな国、わが軍団ならひとひねりだろう」

 

 ある小さな臣下が頭をさげ、皇帝の前におどりでた。

 

騎士ナイトサー・ノアの言うとおりにございます。ご再考さいこうを」

 

 ほかの臣下も同調する。

 

「ええ。かの国は国土はせまくも、兵力は底知れません」

「魔物や精霊せいれいを集め、魔法で戦略を立てるとも聞きます」

「ダエグ王も切れ者で狡猾こうかつな男だとか。なにとぞご再考を」

 

 皇帝はあっさりと、

「あーそーなの。じゃ、やめちゃって」

 

 臣下たちはほっとし、ロンはぶすっとした。

 ノアは肩を落とす。

 

(この国は今後大丈夫だろうか)

 

 ふとノアは、皇帝の前におどりでた、小柄な臣下に目をつけた。頭をさげてほかの臣下の背中に隠れようとしている。

 どこかで見たことのある、きれいな顔。

 

「おい、きみ」

 

 みなが小さな臣下に注目した。小さな臣下は一生懸命顔を隠そうと下を向く。

 ロンがプルプル震えながら指をさした。

 

「き、きさま、エヴァか?」

「あちゃー。バレちゃった」


 臣下たちはおどろいた。

 エヴァは赤らむほおを手で隠し、顔をあげた。残念に思う。


(みんないなくなってからお父さまに謁見えっけんしようと思ったのに)

 

 ロンは顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「なんの用だ。女ごときが入ってよい場所ではない」

「そう言われると思ったから変装したのです」

「だいたいきさま、その服はいったいどこから……」

 

 エヴァは皇帝の前にひざまずいた。

 

「お父さま、お願いです。わたくしめをダエグとの国境に送ってください」


 臣下たちはどよめき、ロンは硬直した。

 エヴァは昨晩の馬小屋でのことを回想する。




 エイベルの前で、エヴァは体に巻きついた糸の塊を取り去った。衣装が臣下の服に変わっている。

 

「人から認められること! 人望で兄さまを止められるようになるくらい」

(『世界を平和にする!』……とまではいまのわたしじゃ言いきれないけど)


 エイベルは笑った。

 

「ほほう。ほほう。おもしろい。変身の力か」

 

 エヴァは宮廷の臣下の服装をイメージしながら変身した。イメージした格好になれるのが、このペンダントとクリスタルの円盤の力だ。

 エヴァはエイベルに向かって手を合わせた。

 

「だからエイベルさんお願い。協力してほしいの。あなたにしか頼めない」

「わしはただの馬だが」

「天下のユニコーンがなに言ってるの! あなたはお城のお馬さんの中で一番足が速いじゃない。体も頑丈だし」


 


 玉座の間で、願いでてひざまずいたエヴァは皇帝の足元にすがりついた。

 

「お願いです、お父さま」

 

 ノアが腰を低くし、おだやかにたずねる。

 

「どういうおつもりですか?」

「戦います」

「なぜ?」

「オシラの役に立ちたいのです」

(みんなに認められたいからです。夢のために)


 最近よく聞くダエグ国との国境のうわさ。チャンスではないかと思った。便乗して、認められる功績を作りたい。


(認められるまで、こういうチャンスを探して功績を作るの。なんでもするわ)

 

 ロンがあわてて、「ならぬ。女が戦場に行くだと?」

 ノアもうなずいた。

 

「戦場は危険なところです。婦人が行ってはなりません」

「どうせよからぬたくらみがあるに違いない」

 

 ロンに言われ、エヴァはぎくりとした。


 ノアが、「そういうことではないと思いますが」

「ええ。わたしは純粋に国のためを思って……」

「わかったぞ。この女はおそらくダエグのスパイだ」

「ええ?」

「殿下、落ち着いてください」

「だまされるなノア!」

「ちょっと待ってください! わたしは……」

「待つもなにもあるか!」

 

 バタバタと皇帝が地団駄じだんだを踏んだ。

 

「うるさいなあ」

 

 ロンもエヴァもノアも黙った。

 皇帝はほおづえをつく。

  

「まあさ、いいんじゃないの?」

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