第2話 痛恨のひとこと
日曜日の朝。
食事を作り、合間に部屋の片づけをすると、後ろから物を投げつけられた。
「さっさと出せブス!」
兄はテレビアニメを見ている。中世ヨーロッパ風世界が舞台の、女児向け変身アニメ。
怪人が一般人を攻撃し、街を破壊している。
駆ける白馬の背に乗った、ピンクの髪のお姫さま。腰のベルトに手をあて、『変身!』と叫ぶ。ピカっと体が光り、衣装が変わった。騎士がイメージされた、かわいい白のスーツ。
『私と戦いなさい!』
『出たな! キュアライダー』
お姫さまは白馬に乗り、ロングソードで怪人と戦う。
『悪い奴を倒して、世界を平和にするの』
なんとなく思った。
(いいなあ、キュアライダー。私も正義のヒーローに変身して悪い奴を倒したい)
壁際の
以来ニートの兄が家を占領し、わずかに残った金を使い込んでいる。大学進学はあきらめた。
世の中どうして悪い奴ばかりが得をするのだろう。
兄はゲラゲラ笑った。
「本っ当に気が利かねえ女。一生結婚できねえな」
会社では、上司に怒鳴られた。
「こんなこともできねえのか!」
「申し訳ありません」
「まったく女は使えねえな」
不機嫌そうな上司がドサっと椅子に座るまで、ひざがふるえるのをこらえた。周囲は見て見ぬふりだ。
自分の机に戻ると、一生懸命パソコンのキーボードを叩いた。書類が散らかった机には、高濃度カフェインドリンクのペットボトル。
通りかかった男の先輩が、うしろからガンっと、わざと椅子の足を蹴った。
「ひゃ」
男の先輩はこれみよがしに眉をひそめる。
「ちょっときみ」
「は、はい」
「その目元はなに? くまがひどいよ。社会人の女性なんだから化粧で隠すくらいしなさい」
「はい……」
深夜、ふらふらで玄関を開けると、兄が待ちかまえていた。
「金は?」
「この前もあげたじゃん」
兄は壁を殴った。
「兄貴にたてつく?」
怖くてふるえ、カバンの中の財布からお金を渡した。兄はバッとかすめとる。
「なにその目。おれが悪いとでも言いたいの?」
「別に」
「嫌なら出ていけば」
「お金ないから」
「男ならもっと稼げたよな。女に生まれたのが悪い。つまり全部おまえが悪い」
ムカっ腹がたった。
会社で、連日夜中までキーボードを叩いた。
(お金を貯めて絶対家を出て行ってやる。上司も見返してやる)
(はあ。生まれ変わったらキュアライダーになりたい。悪い奴を倒して世界を平和にするの……)
ふらふら会社を出て、深夜の横断歩道を渡っていたら、強烈なクラックションの音と、強烈な光を浴びた。
巨大なトラックが、眼前に迫っていた。
そこからの記憶はとぎれている。
オシラの乗馬場でひざまずくエヴァは、すべてを悟った。
(多分事故死とかいうやつだわ)
「これだから女は……! きさまなんぞ……! ……っ! ……!」
ロンは白馬のエイベルの上で、まだぐちぐちエヴァに文句を言っている。
(私、ここでない場所で似た思いをしてきたのよ。だから兄さまに逆らえなかった。でもいいの? このままで。前世でも今世でも)
どくん、どくんと、エヴァの心臓の鼓動が大きくなった。冷や汗が噴き出る。息が浅くなる。
「あの、ロン兄さま」
「なんだその目は。皇太子にたてつく気か?」
(ううん)
エヴァは大きく息を吸った。
「あなたは?」
「あ?」
(せっかく新しい世界に転生できたのよ。だったら……)
「あなたはどうなの?」
「?」
(変わりたいじゃない)
「ビリでゴールって。カッコ悪」
「……」
ロンは凍りついた。
周囲の者たちは青ざめ、ノアは息をのむ。
ブッと、エイベルが吹きだした。ロンを背に乗せたまま、身をゆらして大笑いする。
「うわ」
ロンはおどろいて落馬した。エヴァもおどろく。
「お馬さんが笑った」
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