第7話 虹色の死

 青白磁色の樹を後にしたレイたちは、星々の間をどこともなく進んで行った。

 


「ねえ、レイ。いつもどの辺まで散歩するの?」

「どこまでも。気が向く方へ」

「それじゃぁ、迷子にならない?」

「大丈夫。困ったら星座に聞けばいいんだから」

「そういうもの?」

「そういうものだよ」



 レイたちは、どこともなくそらを滑っていった。



 赤く炎に包まれた星や、鋼のように硬い星、色とりどりの星花におおわれた星などをグロウは見た。


 レイはそれら星たちの土や星花を小さなガラス瓶に入れていた。持ち帰って、部屋に飾るのだと言う。


「そろそろ、戻ろうか」


 舟が大きく弧を描いて、銀河ラボの方角へ向いた時だった。

 歌声が聞こえてきたのは。





「しんでしまった」

「しんでしまった」

「しんでしまった」





 いくつもの声が、こだまして聞こえてくる。まるで、ささやくように。やさしく、さとすように。


「この歌はどこから聞こえてくるのだろう」


 グロウは辺りを見回してみたが、あるのは静かに輝く星ばかり。


「ご覧。舟の真下だ」


 舟のヘリにつかまって、下の宙をのぞきこんで、グロウは小さな悲鳴をあげた。


 舟の真下。

 ずっとずっと遠くの方に、虹色に輝く輪っかがあった。


 それは、ひどく不気味な美しさを放っていた。

 中心は深い青、そして緑、黄、朱、赤と色が広がっている。



 グロウは胸の奥深くを、ぎゅっと握りつぶされたような気持ちになった。目を逸らしたいのに、逸らしてはいけないような。このまま、輪に吸い込まれてしまいそうな感覚を覚えた。




「一つの星が、死んだんだ」




 レイがつぶやいた。


「星は美しい跡を残して、死んでいくんだ」


 ぎゅっと、グロウはルーナを抱きしめた。

 再び、周りの星たちがいっせいに歌い出した。






「しんだ」

「しんだ」

「しんだ」



「いきた あかしを のこして しんだ」

「いきた あかしは うつくしい」

「いきた あかし」

「そこに いた あかし」



「いきた」

「いきていた」

「いきようとした」



「しんだ」「いきた」「しんだ」「いきた」






 星たちは歌い続けた。

 歌声が響く中、舟は進む。

 グロウは目を力強くつむっていた。

「しんでしまった」「しんでしまった」星たちの声が頭の中で、ずっとこだましていた。




「ねえ、レイ。ぼくが死んだら、どうする?」


 グロウはうつむいたまま、たずねた。


「死者は、銀河管理局によって天界へ連れて行かれる。だから、ジルコンを呼んで、グロウを安全に連れて行ってもらうよ」


「そうじゃなくて!」


 勢いよく上げた顔は、今にも泣き出しそうに目を腫らしていた。レイはドキリとした。


「そうじゃなくて……」


 グロウの声はいよいよ小さくなっていく。ルーナの頭に顔を半分埋めて、つぶやいた。


「レイは、ぼくがいなくなったら、さみしくないの?」



 レイは目を見開いた。

 さみしい、なんて考えたこともなかった。



 長く、長く生きてきたから、誰かが死んで、さみしいと思ったことなんて、なかった。


 ああ、いなくなってしまったのだ。


 そう感じても、また自分の毎日を過ごすだけだと思っていた。



「グロウがいなくなったら……」



 きっと、また毎日がはじまるだけだ。


 だが、もう「ねえ、レイ」と話しかけてくれる人は、いなくなる。楽しそうな笑い声も、もう二度と聞けなくなる。



「きっと、さみしい」



 それは、グロウが泣いているから答えた訳ではなかった。




「さみしいって、きっとこんな感じだ。夜、ルーナが布団の中に来ない時がある。そんな日は、なんだか寒くって、心が落ち着かない。いつもいるのに、いないから。広いのに、狭く感じる。ああ、そうか。死ぬって、そういうことでもあるんだ」



 鼻水まじりの笑い声がして、レイは我に返った。眉を下げて苦笑する。



「すまないね」

「ううん。レイは面白いね」


 笑ってから、グロウはルーナの頭に鼻をすり付ける。ルーナが抗議の声をあげた。


 レイが「ふふふ」っと笑って、オールを漕いだ。


「さあ、帰ろう! うちへ」

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