第5話 ルーナ

「今日はもう休もう」


 そう言って、レイはグロウの手をとった。


 扉の手前でグロウはもう一度、振り返って地球を見た。それから、レイに導かれるままに、らせん階段を降りていった。



「ぼくは隣の部屋で眠るから、グロウはベッドを使って」

「わかった」


 うなずいてベットへ近づいたグロウは、わっと声をあげた。


「レイ、なにかいる!」


 ちょうど部屋を出ようとしていたレイは、グロウの小さな悲鳴に、やっぱりね、と笑った。


「そいつは、月うさぎのルーナ」


 布団の中から顔だけ出しているルーナの鼻先を、レイは軽くなでた。


 ルーナは月うさぎの中でも一番体が小さく、片耳だけ垂れている。レイに構ってもらおうと、毎晩、銀河ラボの中に入りこんでくる月うさぎだ。


「とてもさみしがり屋さんなんだ。一緒に寝てあげると喜ぶ」


 金色の毛なみを揺らしながら、ルーナはグロウの手に鼻先をちょこんとあてた。


「よろしく、ルーナ」


 グロウに頭をなでてもらい、嬉しそうにルーナは目を細めた。


「一緒に寝よう、ルーナ。おやすみなさい、レイ」


 ルーナを抱きかかえて、グロウは横になった。 


「おやすみ、グロウ。おやすみ、ルーナ」


 静かにドアを閉めようとした時、グロウの声が追いかけてきた。


「ねえ、レイ。明日、散歩につれて行ってくれない?」

「いいよ。だからもう、お休み」


 返事はなく、代わりにおだやかな寝息が聞こえてきた。







 レイは眠る前に、グロウのことを考えていた。


 彼が人間だったのか、何者なのか、結局わからずじまいであった。


 ──それより、グロウなんて名前をつけて、一体どうしようというのだろう。


 ずっと一人で暮らしてきた。

 誰かと一緒にいることが、こんなにも楽しいなんて……。




 そこでレイの思考は途絶え、重いまぶたを閉じて、眠りに入ったのだった。











 外から笑い声が聞こえてくる。


 どうしてそんなに楽しそうなんだろう。


 おぼろげに考えて、レイは目を覚ました。寝ぼけまなこをこすりながら、窓から顔を出すと、グロウが月うさぎたちと遊んでいた。


 ぴょんぴょん飛び跳ねる月うさぎたちを、グロウが追いかける。グロウが動く度に、月面に生えている草が、いっせいに光る胞子をとばしている。


 淡く明滅する胞子は、ゆっくり浮遊しながら上昇し、グロウたちを見守るかのように、月面を照らしている。


「レイ! 起きた? 散歩へ行こう!」


 窓からぼうっと眺めていたレイは、グロウがすぐ近くまで来ていたことに気がつかなかった。


 グロウの腕の中で、ルーナがヒゲをそよがせている。


「とても賑やかになったね、銀河ラボも」


 レイは、ルーナのくりくりした真っ黒な瞳に、本当に小さな声で語りかけた。



「さて、行こうか。舟に乗るよ」

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