おまけ
侯爵と国王様の昔話
「おい、そのこお前。俺の妃にしてやろうか?」
「え?」
それが、僕とクリスとの初めての出会いだった。
侯爵家摘男、レオナルド・フェルディナードは現侯爵である父に連れられて、王宮へと赴いていた。
形式上は父の参内が目的であるのだが、国王にはレオナルドと同じ位の歳の王子がいるらしく、その話し相手に丁度良いと息子を従えての登城だったらしい。
そこで、レオナルドは迷子になってしまったのであった。
「付いて来なさい」と言う父の言葉に従い、長い廊下を従者に案内されながら歩く父親の後を必死で付いて行った。
しかし、まだ5歳のレオナルドには、大人の歩く速さに付いて行けず、気づいたら曲がり角を曲がった途端見失ってしまったのであった。
どこをどう歩いたのか、レオナルドは気が付くと広い庭園に出てしまっていたのだった。
半泣きで父の姿を探すレオナルド。
しかし広い庭には人っ子一人見当たらず、自分よりも背の高い薔薇が目の前に広がるばかりであった。
そこでレオナルドは、急に心細くなってしまった。
「男の子が簡単に泣くものではない」と厳しくしつけられていたレオナルドも、さすがに誰もいない広大な庭園に一人残されれば不安になるというものだ。
目の前に咲いている色とりどりの見事な薔薇も、この時ばかりはただの草にしか見えなかった。
何の慰めにもならない薔薇を見渡しながら、レオナルドはフルフルと肩を震わせ必死に涙を堪えながら誰か通りかからないかと心の中で祈っていた。
そんな時、近くの薔薇の群れからガサリと音がした。
レオナルドは思わずビクリと体を震わせ、堪えていた涙をぽろりと零しながら恐る恐る振り返った。
そこには鬱蒼と茂る薔薇の茎の他に、葉を綺麗に刈り取った垣根があった。
音はその垣根から聞こえてきていた。
ガサリ、ガサリとこちらに向かって段々近付いてくる音に、レオナルドは身を竦める。
だ、誰かがこっちに来ているの?
幼い思考で顔を引き攣らせながら見ていると、レオナルドの目の前で突然垣根が割れ、中から綺麗な顔立ちの男の子が現れたのだった。
「!!!」
突然現れた同じくらいの少年に、レオナルドは声も出せずに目を見開き固まる。
相手の少年も同じだったらしく、突然目の前に現れたレオナルドに驚き、口をポカンと開けて固まっていたのだった。
暫くお互い見つめ合った後、先に口を開いたのは垣根から出てきた少年の方だった。
「おい、そのこお前。俺の妃にしてやろうか?」
「え?」
突然そんな事を言ってきた少年の言葉に、レオナルドはぱちくりと空色の瞳を瞬かせた後、固まってしまったのであった。
この子は何を言っているのだろうと、レオナルドが言葉の意味を理解する前に、垣根から出てきた少年がレオナルドの手を、がしりと掴んできた。 驚くレオナルドに、少年は気にする風も無く、ぐいぐいと引っ張ってくる。
「え?え?」
訳が分からず少年を見ながら焦っていると、少年は頬を紅潮させながら、とんでもないことを口走ってきたのであった。
「父上と母上にお前との結婚を許して貰いに行くぞ!付いて来い!!」
レオナルドより頭一つ分程大きい少年は、そう言うとレオナルドをぐいぐいと引っ張って、宮殿の中へ連れて行ってしまったのであった。
そして数分後――
瞳をキラキラさせながら、何故かレオナルドの父親がいる大きな広間に連れて来られたかと思ったら、広間の奥にいる王冠を被った男の人に垣根から出てきた少年は、開口一番こう叫んできたのであった。
「父上!私は、この者と結婚したいと思います!」
そう言いながら、頬を紅潮させて言ってきた少年を驚いた顔で見てきたのは、王冠を被った男の人の方だった。
いや、レオナルドの父もこちらを驚いた顔で見ていたのだが、少年の背後に自分の息子が連れられているのを見た侯爵は、何故か青褪めた顔をしていたのだった。
少年の懇願に、広間の中はしんと静まり返る。
そこで、ようやく場の空気に気づいた少年が、不思議そうな顔をしながら首を傾げてきた。
「父上、どうかされましたか?私の顔に何か?」
きょとんとしながら首を傾げる少年に、父親である国王が気まずそうな顔をしながら答えてきた。
「クリスティンよ、そのこの顔を今一度よく見て見なさい。」
「え?」
クリスティンと呼ばれた少年は、腕を引いて連れて来たレオナルドを振り返ると顔をまじまじと見てきた。
「美しい顔をしています。この子なら将来とても美人になるでしょう。ですから!」
「もっとよく見なさい。できればその子の着ている服もな。」
クリスティンの言葉を遮って言ってきた父親に、彼は訝しそうな顔をしながらレオナルドを再度見てきた。
そして、まじまじと全身を隈なく見た後、彼はピシリと固まったのであった。
それもそうであろう、レオナルドの来ている服は貴族の男の子が良く切る服装なのだ。
同じ年頃の令嬢の様に、ドレスを来ているわけでもければ、髪も長いわけではない。
見た目は、ちょっと女の子のような顔立ちをしてはいたが、レオナルドは正真正銘の男の子なのであった。
「……ち、父上……こ、この者は、まさか……」
「うむ、気づいてくれたようで助かったぞ。というわけで、結婚の話は無しじゃ。」
レオナルドの姿に、ようやく気付いたクリスティンは、油の切れたブリキ人形のような動きで父である国王を振り返った後、そう言ってきた。
そして、クリスティンが間違いに気づいた事を国王は、やんわりと窘めてきた。
さすがは、この国を治める王様だけあって、この程度の事では動じないらしい。
微笑みながら言う国王の顔には、「大事な会議中に面倒臭い事を言ってくるなよ?」という圧も加わっていたのだが、幼い子供達にはそこまでの空気は読めず、逆に周りにいる大人たちが顔を青褪めていたのであった。
しかし、この親にしてこの子ありと言うべきか。
クリスティンも負けてはいなかった。
父親である国王に、自分の非を認め謝罪してきた彼は、何故かレオナルドの方にくるりと向きを変えると、こう言ってきたのであった。
「そうか、男だとは気づかず失礼した。では、お前は今日から俺の子分になれ!」
と、声高らかに命令してきたのであった。
そして
「父上、私は将来この国を背負って立つ王として、見事この者を立派な部下にしてみせましょう!」
「そうか……では、他の部屋で遊んでくるがよい。」
張り切るクリスティンに、国王は疲れたような声でそう言うと、近くの従者に目配せする。
察した従者や侍女達が、さあっと捌けると王子のお付きの者らしい従者と騎士がクリスティンに近づき、レオナルドも一緒に別の部屋へと案内され広間を出て行った。
そして、静かになった謁見の間では――
「息子が面倒をかける……。」
「……畏まりました。」
国王と侯爵は、そんな言葉を交わしつつ深い溜息を吐いていたのであった。
そして数年後――
レオナルドはクリスティンの宣言した通り、国王を守る立派な部下になった。
花形の近衛騎士団の副隊長という名誉な役職にも就けた彼であったが、一つだけ困った事があった。
それは、主君であるクリスティンが、時々レオナルドを揶揄ってくる事だった。
あの時、クリスティンの勘違いで求婚されてしまったたレオナルドは、女と間違われたことが恥ずかしかったらしく、当時の話をすると半泣きで「やめてください」と懇願してくるようになってしまった。
その反応は大人になった今でも時々出てしまうのだが、その度に城の従者や侍女達が、毎回頬を染めて悶えている事をレオナルドは知らなかった。
そして悪戯好きな元王子は、従順で真面目なレオナルドの性格を知ってからは、事ある毎にあの時の話を持ち出しては揶揄ってきてレオナルドを困らせていたのであった。
おわり
――――――――――――――――――――――――――――――――――
レオナルドとクリスティンの馴れ初め(笑)
幼い頃から相変わらずな二人でしたw
最後までお読み頂きありがとうございました。
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