第39話

キン……


硬質な音がカレンのすぐ真上で響く。

見ると、隣にいたレオナルドが隠し持っていたショートソードで、刺客の剣を受け止めていた。


「妻には指一本触れさせない!」


レオナルドは相手を睨み据えながら決め台詞を吐き、更に器用にカレンに向かって決め顔を向けてきた。


――何やってるのよ、このひとは……。


己の夫の緊張感のない遣り取りに、カレンは頭を抱えてしまう。

敵も一瞬、呆気に取られていたのか、はっと我に返ると剣を構え直してきた。

そんな気の抜けるような遣り取りをしていると、反対側から声がかけられた。


「ふざけおってからに……貴様らの王がどうなっても良いのか!?」


見ると、何故かクリスティンが宰相に短剣を突き付けられている姿があった。


――こっちもこっちで、一体何やってるのよ~!


あの遣り取りの間に、少しは動かなかったのかと内心で突込みを入れる。

しかもよく見ると、クリスティンはこの状況で怖がる様子も焦る様子も無く、呑気にこちらに手を振っているではないか。

カレンは、頭痛を覚え眩暈がしそうになってしまった。


「何やってるんですか!?」


「いや~囲まれてしまっているうえに、剣を突き付けられてしまっていてな。しかし、この短剣もよくよく見ると素晴らしい出来だぞ。」


レオナルドが焦った顔で叫んでくるのに対し、クリスティンは危機感の無い事を言ってきた。

その言葉にカレンやレオナルドだけでなく、クリスティンに剣を突き付けている宰相までもが顔を引き攣らせていた。


「こ……の……どこまでも馬鹿にしおって……。もういい!貴様ら全員血祭りにしてくれるわ!!」


完全に頭に血が上った宰相は、ここが何処だかも忘れてそう叫ぶ。

宰相の言葉に、刺客達は一瞬困惑の表情を浮かべたが、宰相の命令には逆らえないのか、言われるがままに襲い掛かろうとしてきた。


「ふ……果たしてそう上手くいくかな?」


喚き散らす宰相を横目に、クリスティンがぽつりと呟く。

そこでカレンは、クリスティンの護衛達が少しも慌てていないことに気づいた。

カレンが首を傾げていると、いつの間に近くまで来ていたのか、宰相がカレンから聖剣の入った箱を乱暴にひったくってきた。


「ふははははは。これで、この剣は儂のモノ……だ」


ゴキャッ


宰相が言葉を最後まで紡ごうとしたその時、目の前から物凄い音が響いてきた。

見ると、宰相の頭に聖剣の渾身の一撃が深くめり込んでいる。


――うわぁ~痛そう~。


頭の形が変わる程、深く入ったその光景を見ながら、カレンは肩を竦めて胸中で呟く。

今まで見た中で、一番痛そうな一撃だった。

そして宰相は、そのまま白目を剥いて後ろに倒れ込む。

ズウン、と大きなお腹を仰向けにしながら倒れた宰相の口からは、見た事も無い程の量の泡が噴き出ていた。

それからは案の定、地獄絵図だった。


怒り狂った聖剣が、お約束の如く刺客達をなぎ倒していったのだ。

いつもよりも多めに相手をボッコボコにする聖剣の様子に、慌てて止めに入るカレン。

そして、その様子を真っ青な顔で見つめる夫と、護衛達。

更には、クリスティンが、それら全てを締めくくるかのように告げた一言が、騒然とする部屋の中で虚しく響いていたのだった。


「……護衛達に動くなと言っておいて正解だったな。」

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