第35話

そして一ヶ月後。

北の国から、外交官が派遣されてきた。

それに対応したのは、もちろんレオナルドである。

案の定、北の国の目的は”聖剣”だった。

ただ、こちらが懸念していたものとは違い”聖剣を無理やり奪還しに来た”という訳ではなかった。

どちらかというと、噂を知って慌てて真相を確かめに来たらしい。

その証拠に、外交官の話によると、「国王は、先祖からの悲願である国宝を探し出せ。とは言ったが、こんな手荒な真似で取り返そうとしていた事は知らなかった。」と言っているそうだ。

しかも、今まで迷惑をかけていたオーディンス家にできれば謝罪したいと、北の国の王からの手紙まで添えられていたのだから、疑う余地はなかった。






「という事なのですが、どうしますか?」


フェルニナード家のサロンでレオナルドは、外交官とのやり取りを国王に報告する前に、あろうことかカレンに聞いてきたのだった。

国王を後回しにする不敬を平気でしてくれるお飾りの夫に眩暈を覚えながら、カレンは先程聞いた話を思い出しながら、暫し思案すると口を開いた。


「謝罪してくださるというなら、受けても良いと思いますが、ただ……。」


「ただ?」


カレンの言葉を鸚鵡返ししながら、レオナルドが聞き返す。

カレンはじっくり考えた後で、徐に話し出した。


「ただ、お父様が言うように、あまり公にはしたくないのですが……。」


カレンはそう言って、困ったように口元を引き結んだ。

北の国の王直々の謝罪となれば、それ相応の対応をしなければならない。

国王はもちろん、宰相やこの国の重鎮たちがきっと関わってくる。

カレンは、そんな大事にはしたくないと思っていた。

もちろん、父のために。

現状を理解し、口を閉ざしてしまった妻に、レオナルドは優しく微笑むと、そっと手を取ってきた。


「大丈夫ですよカレン。僕が何とかしましょう。」


「なんとか出来るんですか?」


レオナルドの言葉に、カレンは驚いた顔をしながら彼を見る。

レオナルドは、そんな妻に苦笑すると


「とりあえず、王宮に戻って陛下と話をしてきますね。」


となんとも黒い笑顔でそう言うのであった。

その笑顔に、カレンは一抹の不安を覚えたが、今は彼らに任せようと、王宮へと戻る夫を見送ったのだった。








「という訳で、できるだけ秘密裏に事を終わらせたいのですよ、陛下。」


国王の執務室。

今は人払いを済ませ、部屋の中にはクリスとレオナルドしかいない。

そんな部屋の中で話題に上がったのは、もちろんカレンにも話した北の国の王の謝罪の件だった。


「ほう。ならば、あちらは全て知った上で、こちらに来たいというわけだな?」


「そのようだと思います。」


「なるほど……。」


レオナルドの報告を聞いたクリスは、何やら思案顔で頷いていた。

なんとなく嫌な予感を覚えつつも、カレンの希望を伝える。


「カレンの気持ちも、わからなくはないな。だが、罠かもしれんのだぞ?」


「それは重々承知です。ですが、公になると陛下も困るのでは?」


「何故だ?」


「聖剣は国宝と偽っているでしょう。」


「…………。」


レオナルドの言葉に、クリスは明後日の方を向いて無言になる。


「カレンから聞きましたよ。何をやっているんですか貴方は……。」


「……若気の至りだ。」


溜息も露わに呆れた顔でレオナルドが言うと、顔を横に向けたままクリスが言ってきた。


「そんなに昔の話じゃなかった気がしますが……まあいいでしょう、そこはカレンも了承済みだと聞いていますからね。」


やれやれと首を振りながら言うレオナルドに、クリスはむっつりとした顔を向けてきた。


「随分棘があるなぁ……。」


「そりゃそうでしょう、まさか毎年自慢げに見せてきたものが、偽りだったと知れたら民はどう思いますかね?」


ぴしゃりと言ってきたレオナルドに、クリスは眉間に皺を寄せながら下を向いてしまった。


「う……仕方がないだろう……あれは、それ程に素晴らしかったのだから。」


そう言いながら、居心地が悪そうに体を動かすこの国の王を見ながら、レオナルドは「この国本当に大丈夫かな?」と、不安になりながら嘆息するのだった。

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