第36話
そして、とうとう北の王国の使者がやって来た。
表向きは、新しい国との交易を目的とした外交である。
しかし、その使者の中に北の国の王が紛れていることは内緒だった。
外交官との話し合いは滞りなく行われた。
もちろんその外交の席にレオナルドも同席したのだが、あちら側の態度に不穏なものは見当たらなかった。
とりあえずレオナルドは、北の国側の交渉に応じても良さそうだと判断し、カレンにその事を伝えた。
「とりあえず、あちらの使者や一緒について来た北の王にも不審な様子はありませんでした。」
「ええっと、こ、国王様にはもう?」
「いいえ、カレンに先に報告しておきたくて王宮を抜け出して来たのでまだですよ。」
にこにこと屈託のない笑顔でそう告げてくる夫に、カレンは引き攣る頬を何とか抑えながら「そうですか」とだけ返した。
――だから、どうして王様より先に私に報告に来るかなー……。
今回もまた、レオナルドは自分の主君であるクリスティンを差し置いて、妻に報告してきたのであった。
「と、とりあえず、この事はすぐにでも国王に報告した方がいいと思います。さあ、すぐ王宮に戻って教えてあげてください!」
カレンはそう言うとソファから立ち上がり、隣に座って何故か手を握ってきていたレオナルドを捲し立てた。
早く早くと急かすカレンに目を丸くしながら、レオナルドは妻に急き立てられるように屋敷を後にするのだった。
「はぁ、そのうち王様に怒られるんじゃないかしら?」
後ろ髪を引かれる思いで、見送るカレンを振り返りながら王宮に戻って行く夫を見ながら、カレンはため息交じりにそう呟くのであった。
「ほう、で、今回もまた・・私に報告する前に奥方に会ってきたようだな。」
案の定、眉間に皺を寄せたクリスティンこと、レオナルドの上司でもある国王陛下は、妻の事になると盲目になる部下に向かって嫌味を言ってきた。
「はい、カレンの心配をすぐ取り除いてあげたかったので報告に向かいました。」
「……ほう。」
悪ぶれる様子もなく笑顔で報告してくるレオナルドに、クリスティンは低い声で頷く。
「お前は、私が直属の上司だと理解しているのかな?」
クリスティンは、これでもかという程の眩しい笑顔でそう聞いてきた。
「はい、もちろんでございます。」
その質問に、レオナルドも笑顔で素直に頷く。
にこにこにこにこにこ
二人のイケメンは暫しの間、眩しい笑顔を向けながら対峙していた。
先に折れたのはクリスティンの方で、何処か諦めたように溜息を吐いていた。
――こやつは……こと妻に関してだけボンクラになるみたいだな……。
レオナルドの無自覚の反応に、やれやれと頭を振りながらクリスティンは本題へと話を向けた。
「そうか。で、先程の報告通りカレンに国王を会わせても良いと言うのだな!?」
「は!多少の不安はありますが、今のところ問題は無いかと。」
「そうか……いいのか?」
「はい、それですべて丸く収まるのであれば……。もちろん護衛は付けます。」
「ああそうだな。その際は、お前も同行するといい。」
「はい、もちろんそのつもりです。」
「では、彼らが滞在中に上手く日程を調整するとしよう。あとはお前に任せた。」
「畏まりました。」
クリスティンの言葉に、レオナルドは恭しく首を垂れると、部屋を後にしたのだった。
レオナルドの去った誰もいない執務室で、クリスティンはふぅと一つ息を吐く。
「さて、あいつは問題ないと言っていたが、得体の知れない相手だ、念には念を入れておくべきだろう。」
クリスティンはそう呟くと、部下を呼ぶべくベルを鳴らすのだった。
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