第33話

聖剣についての調査は難航していた。

レオナルドは、この国にある文献を片っ端から読み漁ったのだが、聖剣についての逸話や伝記などの類を見つける事は出来なかった。

ならば、何処かの村でひっそりと語り継がれているのかもしれないと、国中の町や村などを調べつくした。

時には行商人に紛れ込み、時には数ヶ月もかけて村に溶け込み、情報を捜し求めたのだが思うような成果はあげられなかった。

途方に暮れ、もう聖剣ではなく魔剣で捜査したら出てくるんじゃないか?と切羽詰った頃、思わぬ所から重要な話が聞けたのだった。

それは、とある貿易商が扱う船の乗組員から偶然聞いた話なのだが、なんでも北の遥か海の向こうにある王国で、その昔、光の剣と呼ばれる国宝の剣が盗まれたのだそうだ。

その剣は、当時世界を騒がした海賊が盗み出したらしく、盗まれた剣は海を超え、行方はそのままわからなくなってしまったそうだ。

しかもその剣は、今でも誰かの手に渡り続け、手にした者に巨万の富を与えると語り継がれているのだという。


まるで御伽噺のようなその話に、レオナルドはあの聖剣の事ではないかとピンときた。

この話は丁度百年ほど前のことらしく、オーディンス家の初代はカレンの曾祖母に当たる人で、聖剣が巡り巡ってオーディンス家に渡ったのなら時期も合う。

レオナルドは、確信を持つと部下に北の国について調べさせることにしたのだった。








「カレン、ようやく聖剣の事がわかりましたよ!」


レオナルドは帰宅早々、カレンをサロンに呼び出すと、開口一番にそう言ってきた。

その報告にカレンは信じられないと目を丸くする。


「ず、随分早く調べられたのですね?」


調査を始めてまだ一年も経っていないというのに、オーディンス家が数十年も解明できなかった謎を解き明かしたというのだから、驚かないほうが可笑しいだろう。

そんなカレンにレオナルドは興奮冷めやらぬといった表情で、話し出した。


「はい、連日連夜部下を扱き使って……いえ、寝る間も惜しんで調べた甲斐がありました。」


レオナルドの言葉に段々ジト目になっていくカレンに気が付き、彼は咳払いをすると仕切り直した。


「とある情報から、あの聖剣は北の王国の国宝だったという事がわかりました。」


レオナルドの言葉に、カレンがまあ!と声をあげる。


「そうだったの?では、その北の国の王様は大変困っていらっしゃるでしょうね、早く返してあげなければ……。」


そう言って慌てる妻を、レオナルドは優しく宥めた。


「いえ、話はまだあるのです。その北の王国ですが、あまり良い噂は聞かなくてですね。三代前の国王が賢王と呼ばれていたのですが、その彼のやり方は少々強引な所がありまして、当時戦争で疲弊した王国を立て直そうと、無理な政策をしていたそうなんです。」


「無理な政策ですか?」


「はい……例えば国中の魔道師たちを掻き集めて、不眠不休で魔力を大地に送らせて植物の成長を早めさせたりだとか、農村に住む村人全員を駆り出して植林だけをさせていた結果、逆にその冬は大した蓄えも出来なくてその村は飢饉に見舞われてしまったとか……。戦争の時も勝つためとはいえ、町や村の年端もいかない少年達まで集めて戦地に送ったりと、結構非道なことを平気でやっていたそうです。」


「そんな酷い事が出来るなんて……。」


レオナルドの説明に、カレンは絶句してしまう。


「そんな所に聖剣を返してしまって、いいのかしら?」


そうカレンが呟くと、レオナルドは待ってましたとばかりに話を再開した。


「そう、その聖剣のことで、もう一つ気になる噂話があったんです。」


「噂話?」


「はい、なんでもあの聖剣はその賢王が自分の力を誇示するものとして、魔導士たちの犠牲を払って作られたものだと言われているのです。つまり、あの聖剣は北の王国の力の象徴とも言える剣なんですよ。」


「犠牲って……。」


レオナルドの説明にカレンは顔を青褪めさせながら聞き返してきた。


「はっきりとはわかりませんが、あれを作るために、何人かの人間が犠牲になっていると思われます。」


「そんな……。」


あまりの内容に、カレンは言葉を詰まらせた。


「噂の中には、あの聖剣は海賊に盗まれたのではなく、王の独裁政権を食い止めるために革命派が隠したとも言われているのです。」


「そして、巡り巡って海を越えて、うちに辿り着いたというわけ?」


「その過程も否定できませんね。」


カレンの問いかけに、レオナルドが神妙に頷いたあと、部屋の中はしーんと静まり返ってしまった。


何だかとんでもない話になってしまった。


刺客に襲われている以上覚悟はしていたが、予想を遥かに超える内容にカレンは頭を抱えてしまった。


「国が相手だなんて、どうしたらいいの?」


搾り出すような悲痛な声に、レオナルドはカレンの肩を抱き寄せながら言葉をかけてきた。


「大丈夫ですよカレン、私がいます。それに、陛下や貴女の影たちもいるんですから。」


そう言って励ますレオナルドを、カレンは切なそうな瞳で見上げた。


「でも、こんな大事になるだなんて、お父様が聞いたら……。」


真相を聞いたオーディンス伯爵は、きっと卒倒してしまうだろう。

最近ようやく、陛下と対面したショックから復活したというのに、なんて説明したらよいのだろうと、カレンは大きな溜息を吐くのだった。

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