第32話

さて、国王の協力の下、聖剣を付け狙う者たちの調査が始まった。

レオナルドの指揮で諜報部隊が編成され、その部隊は西へ東へ聖剣の噂があるところには何処へでも飛んで行くような勢いで駆けずり回っていた。

そんな折――


「あのお前がねぇ。」


驚くほどの変わりようだ、と揶揄してくるのは、久しぶりに様子を見に来たレイモンド・ヒッターだった。

彼は急に忙しくなった同僚を、まるで珍獣でも見るかのような目で見ていた。


「なんだ?からかいに来ただけなら、仕事の邪魔だから帰ってくれないかな。」


レオナルドは報告書を書いていた机から視線を上げると、不機嫌を隠すこと無く笑顔でそう言い放つ。

相変わらずの塩対応に、レイモンドはわざとらしく肩を竦めてきた。


「そう言うなよ、まさかお前が色専を辞めるなんて思ってなかったんだからさ。」


色専とは色事専門の略である。

レオナルドは、その顔と地位を利用して女性に近付き情報を集める事にかけては天才的だった。

天職とも呼べるそれを、彼は突然辞めてしまったのだ。

辞めたと言っても、レオナルドが受け持っていた仕事内容を他の者に譲り、彼は色事無しの諜報活動をするようになっただけなのだが。

レオナルド自身も、天職だと自慢していた事を知っているレイモンドにとって、それは青天の霹靂だった。

その理由は、大体予想はついているが。


「やっぱり、奥方の影響か?」


レイモンドは顔を近づけると、周りには聞えないように聞いてきた。

その言葉にレオナルドは反応しそうになったのだが、肯定した途端質問攻めに遭うと思った彼は「さあな。」と言ってとぼけた。

そんな反応にレイモンドは訳知り顔で、にやにやとする。

やり辛いことこの上ない旧知の察しの良さに、レオナルドが辟易していると、レイモンドがまた話しかけてきた。


「そういえば、お前最近忙しそうだって聞いたぞ、何か急な案件でもあるのか?」


その言葉に、レオナルドは彼の顔を見上げる。

極力表情を読まれないように、口元を吊り上げてみせた。


「いや、忙しいといえば、別れを言った恋人達が、連日復縁を迫ってきて大変なことくらいかな。」


あながち嘘ではない情報に、レイモンドは詰まらなさそうに口を尖らせた。


「へいへい、モテるお方は羨ましいデスネー。」


ジト目になりながら、殆ど棒読みで言ってきたレイモンドは、もう用はないとばかりに踵を返すと、「んじゃ、またな。」と言って、背中越しに手を振りながら帰っていった。

その姿に、レオナルドは内心で胸を撫で下ろす。

とりあえず、一番勘の良い相手を何とか誤魔化せた事に、ほっとする。

レオナルドは陛下の勅命で、オーディンス家の聖剣について調べていた。

この事は機密扱いであり、周りに感づかれてはならない。

しかもなにより、愛する妻の為に自分の力で解決させたかった。

色専での情報収集は、もちろんしない。

まあ、噂好きの女性からの情報は時に思わぬ収穫を得られるので魅力なのだが、しかしレオナルドはどうしてもこの件については、自分自身がその手を使いたくなかったのだ。


とりあえず、そっちからの情報は引継ぎをした同僚に任せるとして……。


レオナルドは、執務机に無造作に置かれた書類に視線を落とす。


「とりあえず、この情報の裏づけを取りに行くか。」


そう言って席を立つのだった。

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