第31話

オーディンス家の秘密を聞いてから数日後、国王から珍しく”訪問”の催促がきた。

もちろん名は匿名であったのだが、手紙に施してあった封蝋に王家の家紋が刻印されていた。


――あの剣マニアが、何ヶ月も我慢できるなんて、思ってはいなかったわ。


カレンは手紙を読んだ後、堪え性のない国王にやれやれと溜息を吐くと、レオナルドに手紙の事を伝えるため執事を呼ぶのであった。






一週間後、月の無い晩にカレンはレオナルドを伴って王宮へと足を運んでいた。

国王が待つ部屋へと入ると、酷く歓迎された。


「おお、待っていたぞ!では早速♪」


国王は待ちきれないと言わんばかりに、座っていた椅子から腰を挙げ催促するように両手を出してきた。

その子供のような、はしゃぎっぷりに、カレンとレオナルドは、肩を竦めながら苦笑した。


「少しは我慢できなかったんですか?」


カレンはいつもの調子で国王にそう言うと、聖剣の入ったトランクケースを渡した。

そんなカレンの不敬な言葉をさらりと聞き流し、クリスは嬉しそうに聖剣に魅入っている。


「暫くは戻ってこないな。」


そんな国王を見ながらレオナルドが呆れたように首を振る。

カレン達は仕方がないと顔を見合わせると、侍女たちが入れてくれた紅茶を、ゆっくり楽しむことにしたのだった。





「そういえば、そなたの所に賊が侵入したようだな。」


暫くレオナルドと話をしていると、クリスが話しかけてきた。


「何故それを?」


驚いて見上げると、クリスは聖剣に視線を落としたままだった。

レオナルドを見ると、彼は知らないと首を振る。

そんな遣り取りをしていると、クリスがまた言葉を続けてきた。


「なに、我が国で起こった事を国王が把握していないなど、ありえないであろう?」


そう言って、クリスは聖剣から視線を外すと、意地悪く笑ってみせた。

その言葉に息を飲む。


「陛下……。」


レオナルドが冷や汗を流しながらクリスを見ると、クリスは「別に怒っているわけではない。」と苦笑してきた。

その言葉に、レオナルドはほっと息を吐く。


「”こちらに来ていた刺客が最近来なくなった”のだ、そちらに何かあったと思うのが自然であろう?」


その言葉にカレンが声を上げた。


「知って、いたのですか?」


「無論だ。」


カレンの言葉にクリスは頷く。


「聖剣がこちら側にあれば、オーディンス家の刺客は無くなると思っていたんだがなぁ。この前の夜会で、勘付かれてしまったようだ。」


クリスはそう言って、やれやれと肩を竦めてみせた。

その言葉にカレンとレオナルドは絶句する。


「陛下は、全て知っていたというのですか?」


「ん?ああ、いや、刺客については聖剣を建国祭で飾るようになってからだな。前にも増して不審な人物が王宮を嗅ぎ回る様になったと報告があってな、調べたら聖剣を狙っているというのだ、そこでまさかと思ってオーディンス家を調べさせてみたのだが……。」


クリスはそう言いながらカレンを見た。

そして


「何故今まで言わなかった。」


咎めるような口調で言ってきた。

その言葉にカレンは俯いてしまう。


「陛下、オーディンス伯爵は事が公になり、国を巻き込むかもしれないと懸念しておりました。決して陛下を謀ろうとしていたわけでは」


「そんな事はわかっている。」


レオナルドの言葉を、クリスは不機嫌な声で遮ってきた。


「オーディンス伯爵の人となりは理解しているつもりだ。あれは野心も何も無い無害で、家族の事ばかり心配しているような男だからな。」


クリスはそう言うと、苦笑しながらカレンを見た。

その視線にレオナルドは首を傾げる。


「ふふ、オーディンス家には随分と優秀な護衛がいるそうだな。私の側近達がそなたの家を調べる際、だいぶ梃子摺ったと嘆いていたぞ。」


その言葉にカレンは漸く顔を上げた。


「”影”達の事も知っていたのですか。」


「ああ、今ではうちの者達は打倒オーディンス家の護衛、と息巻いておる。」


クリスは苦笑しながらそう言うと、ちらりと背後を見た。

その視線の先には、護衛で側に控えていた黒スーツの男がバツが悪そうに顔を顰めていた。

漆黒の同業者らしいその男は、カレンの視線に気づくと軽く目礼し、そのまま何事も無かったように無表情になった。

優秀な側近達のようだ、国王を護る護衛専門の彼らに、漆黒たちが一目置かれていた事を誇らしく思う。

嬉しさで、口元が緩んでしまいそうになるのを必死で堪えながら、カレンはクリスを見た。

クリスは相変わらず聖剣を手にしたまま、こちらを見ていた。


「そういえばオーディンス伯爵は、刺客の事が公になるのは嫌と言っていたな?」


「はい。」


レオナルドはクリスの質問に頷く。

その返答にクリスは暫く考えた後、口を開いた。


「では、この事は秘密裏に調べるとしよう。やってくれるか?」


そう言って視線を向けられたレオナルドは、恭しく頭を垂れる。


「はい、それはもちろんです。ですが、伯爵には何と説明すれば?」


「うむ、それは私が伯爵に話をつけよう。悪いようにはせんから大船に乗ったつもりでいろとな。」


クリスはそう言うと、悪戯を思いついた子供のような顔をしながらウインクをしてみせたのだった。





数日後、この時のクリスのウインクの意味を、カレンは父親からの手紙で知ることとなった。

父の手紙には、国王陛下が突然家にやってきて、オーディンス家の秘密や刺客について秘密裏に調査をする事を許可してくれと恐れ多くも言われたことや、我が家の影達を褒めちぎり、ぜひともスカウトしたいと言われて驚いたことなどが震える文字で綴られていた。

そして、もう一通入っていた手紙にはオーディンス家の家令からで、国王陛下が帰った後、父は興奮と混乱のせいか寝込んでしまった事が書かれており、カレンを悩ませたのであった。

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