第28話

「賊に襲われたというのは、本当ですか!?」


ドアを蹴破る勢いで部屋へと入ってきたのは、フェルニナード侯爵家の若き当主こと、レオナルドだった。

彼は今朝方、執事から報告を受けて騎士団の当直から真っ直ぐに、すっ飛んで屋敷に帰ってきた。

そしてレオナルドは、カレンの座るソファの元に跪き、何故かカレンの手を取って心配そうに顔を覗き込んできた。


「ああ、それなら大丈夫ですわ。賊は逃がしてしまいましたけど、私はこの通り傷一つありません。」


いつもよりも近い距離に、若干体を引き気味にしながら安心させるように微笑んでみせた。


「しかし、侯爵家に賊が侵入したとなれば放っては置けない。この事はすぐ陛下にご報告し、私もすぐ対処します。」


「それは、おやめください。」


「そ、それは何故?」


カレンの言葉にレオナルドは驚いた。


王宮ほどではないとはいえ、厳重な警備を誇る侯爵家に賊が侵入したのだ、これは由々しき事態だった。

しかも自分は第一近衛騎士団の諜報員であり、そしてカレンはその妻である。

その侯爵夫人である彼女が拉致され、侯爵家が揺すられる可能性だってあったのだ。

国家に仇名す犯罪者が絡んでいるかもしれない。

そして、それにカレンが利用されそうになっているかもしれない、と夫であるレオナルドが憤り、すぐに対応するのは当たり前の事なのに、何故かカレンはレオナルドを引き止めてきた。

訝しむ夫に、カレンは嘆息すると観念したように話し出した。


「……賊の行方は、私の……オーディンス家の”護り手”達が追っているからです。」


「”護り手”?」


カレンの言葉に、レオナルドは目を見開いて聞き返してきた。


「はい、我が家では”影”とか”闇”とか呼んでいますが。簡単に言えば、私兵です。」


その単語にレオナルドは眉根を寄せる。


「私兵、ですか……ですが貴方の実家は……。」


レオナルドの言わんとしていることは想像できた。

カレンの実家は、ただの伯爵家である、しかも歴史も浅く階級は下の方だ。

王家に近い公爵家や、重臣を多く輩出する侯爵家や上級貴族ならいざ知らず、特に王宮勤めもしていない伯爵家が、いち私兵を雇うのは稀なことであった。


「はい、ただのしがない伯爵家です。ですが、我が家では彼らが無くてはならない存在なのです。」


カレンの言葉に、レオナルドはますます眉間の皺を濃くするのであった。





「彼が、頭領の”漆黒”ですわ。」


カレンに紹介された男は、静かに目礼した。

彼女の話を聞いた後、彼女の護衛がどういう人物達なのか知っておくべきだと思い、無理を言って会わせてもらったのだが……。


なんだ、この男は……。


レオナルドは、カレンの護衛を勤めるという男の姿を目にした途端、眉間に皺を寄せ、検分するようにじろじろ見だした。

それもそのはず、目の前の漆黒という男は物凄く見目が良かったのだ。


染み一つない白磁の肌に細身だが鍛え抜かれた体躯。

シャープな顎のラインが美しい顔には、切れ長の力強い燃えるような赤銅色の瞳と、すっと通った鼻と形の良い薄い唇が、バランスよく配置されていた。

肩まで伸びた白銀の髪は、照明に照らされてキラキラと川のせせらぎの様に輝いてみえた。

どこかミステリアスな雰囲気と、色香を持つその男は、社交界に出たら、たちまちご令嬢達の視線を独り占めにすることだろう。

それほどに美しい男だった。

しかもその男は、自分の妻であるカレンの護衛だというのだ。

そんな男を目の当たりにしたレオナルドの心中は、穏やかではいられなかった。


「彼が、カレンの護衛を?」


レオナルドが探るような視線で、カレンに問いかける。


「ええ。私が聖剣に選ばれたときから、ずっとですわ。」


カレンは、レオナルドの問いに頷きながら答えた。


「ずっと……それは、いつも?昼夜問わず?」


「はい。」


「起きている時も、寝ている時も?」


「え、ええ。」


「食事やトイレやお風呂の時も」


「何を言っているのですか?」


目をかっと見開き、拳をぶるぶる震わせながら声を荒げてきたレオナルドの言葉を、カレンは最後まで言わせなかった。

ぴしゃりと遮り、ジト目で彼を見上げる。


「さすがに、そこまでは覗きません。」


二人の様子を交互に見ていた漆黒が、助け舟?を出してきた。

その言葉にレオナルドは、また瞳をかっと見開く。


「じゃあ、それ以外は覗いているのか!?」


「なんの話をしているのですか、なんの!?」


カレンは、いい加減にしてください!とレオナルドに向かって大声をあげた。

大分目的から脱線していると思ったカレンは、軌道修正するべく咳払いをするとレオナルドを見た。


「彼はオーディンス家の護衛です。それ以上でもそれ以下でもありませんわ。信じて貰えないようですから、後でお父様の所へ行きましょう。」


「う……わ、わかった。」


カレンは仕方ないとばかりに嘆息すると、そう言ってきた。

レオナルドを納得させるには、父に説明してもらったほうが良いと判断したのだ。

さすがに義理の父の名を出されては、さすがのレオナルドも渋々ながら頷くしかなかった。

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