第26話

夜会も中盤を過ぎた頃。

そろそろお暇しようかと、カレンがレオナルドに相談しようとしていると、突然ガラスの割れる音が辺りに響いた。


音のした方を慌てて見ると、どこかの貴族がグラスを落としてしまったようだ。

その貴族に視線が集中する中、ふと、不穏な影が移動するのを目の端で捕らえた。

カレンは、他の貴族達の視線とは違う方向を目だけで追う。

テラスから続く壁際、こそこそと人目に気づかれないように移動していく人物を捕らえた。

カレンはレオナルドの腕をそっと掴むと、ゆっくりと自然な動作で移動する。


「カレン?」


レオナルドはそんなカレンの行動を訝しく思いながら、すぐその意図に気づいた。

さすがは腐っても諜報部所属のエリート、察しが良くて助かる。

カレンは内心で失礼な感想を呟きながら、レオナルドにアイコンタクトを送る。

レオナルドも慣れた仕草で小さく頷くと、不審人物を目で追いながら、休憩を装い移動していく。

一段高くなった国王の席のすぐ近くで、不審人物は動きを止めた。

その時、国王が突然席から立ち上がり、王宮に続く扉の方へとそっと移動していった。

中座の為移動するようだ。

国王の周りの視線が、そこから外れた隙を逃がさず、その不審人物が動いた。

その男が向かう先は、国王の席の背後――聖剣が飾られている壁だった。

その壁側には聖剣を飾る台座が置かれており、そこに聖剣が鎮座していた。

不審人物はその聖剣の柄に手を伸ばす。

柄に手が届くといった所で聖剣が動いた。


「!!!!」


後一歩で聖剣を手にする寸前、ふわりと聖剣がひとりでに宙に浮いたのだ、驚かないわけがない。

不審者は目を見開き固まっていた。

その隙にカレンは聖剣の元へ駆け出す。


「貴様、何者だ!」


異変に気づいた陛下の護衛が叫んだ。

不審者は「くそっ」と、小さく舌打ちすると、懐から短剣を取り出し素早い動きで国王へと襲い掛かる。

手にした短剣が国王へ届く前に、護衛の騎士がそれを阻止した。

硬質な音を立てて短剣を弾かれた不審者は、忌々しそうに舌打ちする。

次いで隠し持っていた筒状の物を口元に持っていき、勢い良く吹こうとした直前――


ゲシッ!


聖剣が不審者の脳天を直撃していた。

とりあえず剣の腹だったので、不審者はそのまま白目を向いて前のめりに倒れる。

血まみれになる惨状は免れた事に、ほっとしたのも束の間。

騒ぎに気づいた人混みの中から突然男が複数飛び出してきた。

手には鈍く光る剣が握られている。

四方八方から不規則に出てきた男達は、護衛の騎士達を振り切って国王の元へ躍り出る。

立ちはだかってきた騎士達の頭上を跳躍し、手にした剣を国王目掛けて振り下ろしてきた。

その切っ先は国王へ届く寸前で、弾かれた。

刺客の男は、剣を受け止めた相手を見て目を見張った。


「貴様は……。」


刺客が何事かを言おうとした途端、後ろに吹き飛ばされ床を転がっていった。


「国王様、大丈夫ですか?」


「カ……カレン……そなた……。」


刺客から国王を護ったのは、カレンだった。

カレンは驚くことに、見事な剣捌きで他の刺客たちも蹴散らしてしまった。

その戦う姿に、周りの貴族達が息を呑む。

手に聖剣を持ち夜会用のドレスを翻しながら、ぴんと背筋を伸ばして立つ彼女の姿は凛々しく、しかも何故か輪郭がうっすらと光り輝いていた。

その神々しい姿に、固唾を呑んで見守っていた貴族の誰かが「聖女だ……。」と呟く声がホールに響いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る