第22話

小一時間後――。


ようやく動悸の収まったレオナルドは、疲労困憊だった。

ソファにぐったりと寄りかかり、片手で顔を覆っている。

途中二人の異変に気づいたグレイスが助け舟を出し、冷やしたタオルを持ってきてレオナルドに手渡していた。

出来た執事に感謝だ。

あのままカレンに密着されていたら、己の心臓が持たなかったことだろう。

本来の目的を思い出したレオナルドは、落ち着きを取り戻し、仕切り直そうと背筋を正した。


「もう大丈夫です、お見苦しいところを見せてしまいました。」


謝罪しながらカレンをみると、心配そうな顔をして己を見上げていた。


「本当に大丈夫ですか?」


と心配そうに聞いてくる。

いつにも増して表情の柔軟な彼女に、一瞬どきりとしてしまったが、そこは本職、深呼吸をし息を整えると本題へと入った。


「大丈夫です、話を進めましょう。」


「あ、はい。」


急に真顔になったレオナルドに、カレンは思わず背筋を正して頷いてしまった。

そんなカレンを見ながら、レオナルドは一つ息を吐くと真面目な顔でこう言ってきた。


「先程も言いましたが、今まで通り暮らしてくれて結構です。もちろん夫婦としてです。それと今後は社交にも出てもらいます。」


「え!?」


レオナルドの言葉に、カレンは思わず抗議の声を上げる。


「しゃ、社交は出なくていいと……。」


「ええ、以前はそう言いましたが、諸事情により出てもらうことになりました。」


「諸事情……とは?」


あまりにも真剣な顔で言うため、何か重大な理由があるのかと、カレンは怪訝な顔で聞き返した。


「そ、それは諸事情ですので言えません。」


しかし、レオナルドは咳払いをすると、そう言って言葉を濁した。

そして更に「それと」と言葉を続けた。


「恋人を作るのも禁止にします。」


「な、何故ですか?」


続けて言われた言葉に、カレンは目を丸くする。

これでは、契約の改変どころではないではないかと。

しかし、レオナルドはカレンの反論を意に返さず「これも諸事情によりです」と言って突っぱねた。

今度こそ、カレンは絶句した。

まともな理由も言わず、一方的に契約内容を変えてきたレオナルドに、カレンは憤りを感じる。

納得がいかないと、じろりと睨んでいると、その視線に気づいたレオナルドが、冷や汗を流して視線を彷徨わせた。

そんな態度のレオナルドに、カレンは堪らず抗議の声をあげた。


「貴方には、あんなに恋人がいるのに不公平です!」


「そ、それは公務で……。」


ばっと振り返るレオナルドに、カレンは詰め寄って尚も続ける。


「お飾りで良いと言いましたわよね?」


「う……。」


「それなのに、今まで社交に行く度に恋人を取っ替え引っ替えしていたのに、今更私が出て行ったらお飾りどころの話じゃなくなります!」


「も、もう恋人とは行かないようにするよ。」


「そんなことはどうでもいいのです!私が心配してるのは、私が公の場に出て、もし剣の事がばれてしまったらどうするんですか?」


「あ……。」


そこでようやく、カレンが何に対して怒っているのか、レオナルドは気が付いた。

そう、彼女はレオナルドを隠れ蓑にして、己の存在を社交から消す事が目的だったのだ。

それ故、レオナルドの提案はカレンにとって渡りに船だった。

己の剣のせいで、恋愛も結婚も出来ないと諦めていたところへ、レオナルドが現れた。

しかも、非道な提案をするレオナルドに、カレンの剣は反応しなかったのも好都合だった。

その諸々の諸事情を国王の元へ行く際に、カレンから打ち明けられて知ったレオナルドは、内心小躍りして喜んだのだ。


それなら簡単に結婚を破棄されないと――。


そんな安心感があったせいで、レオナルドは慢心していた。

契約を自分に都合よく変更しようとしたのだが。

しかし、鋭いカレンに指摘されてしまい、レオナルドは狼狽えた。


「そ、それについては、ちゃんと考えています。」


「それは、どのように?」


「う……。」


苦し紛れに、なんとか誤魔化そうとするが、それもカレンに遮られてしまった。

レオナルドは必死で頭をフル回転させて、良い案を捻り出そうとする。


「私が社交に出れば、貴方の妻である私は少なからず声をかけられる事があるでしょう、もしその時私の剣が行動を起こした場合どうなると思っているんですか?」


カレンの説明に、ぐうの音も出なかった。

確かに社交辞令とはいえ、フェルディナード夫人であるカレンに話しかけたり、ダンスに誘う輩は出てくるだろう、その時あの剣が大人しくしているとは思えない。

先日、陛下と会った時の事を思い出して、レオナルドは青褪めた。


死人が出るかもしれない・・・・・・。


レオナルドは、それ以上何も言えなくなってしまったのだった。

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