第13話
よく晴れた空。
心地よいそよ風。
頭上では可愛い小鳥が囀り。
目の前の花園では、色とりどりの花が咲き乱れ、白や黄色の小さな蝶が飛び回っている。
――どうしてこーなった?
カレンは動揺する心を悟られないように、優雅にティーカップを傾ける。
目の前には美しい微笑。
陽の光に照らされた豪華な金髪が更に輝きを増し、うっとりと細められた瞳には、空の色に負けない位の美しいブルートパーズが愉しそうに揺れていた。
珍しくレオナルドが夕食を共にしようと言ったあの日から、彼は時々ふらりと本邸にやってきては、カレンと一緒に夕食を食べるようになった。
晩餐が終われば、とりあえず別邸に帰ってくれるので、ただの気まぐれだろうと安心していたのだが・・・・・・。
――まさか、本当に呼ばれるなんて~~。
カレンは今、最高潮に困惑していた。
早朝一番に、レオナルドが本邸に顔を出してきたのだ。
そして、どういう風の吹き回しか朝食を一緒に摂ることになった。
更にカレンを困惑させたのは。
「今日は別邸の花が殊更美しく咲いていたので、午後に遊びに来てください。」
と言ってきた事だった。
カレンが別邸に行くことは、既に決定事項らしい。
柔軟な笑顔を貼り付けているが、有無を言わさぬ言葉と態度で断る事が出来ないと悟った。
仮にも、ここのご主人様であり自分の旦那様なのだ。
彼が来るように言えば、イエスとしか答える術は無く……。
カレンは重い足取りで、別邸に向かったのであった。
別邸について早々、カレンはうんざりしていた。
何故かというと、レオナルドは嬉しそうに邸の中を案内してくれたからだ。
ここは広間。
ここは食堂。
ここは寝室。
と……。
どこの世界に、旦那の不倫場所を説明されて、喜ぶ妻がいるのかと声を大にして言いたい。
ま、まあ偽装結婚ですけれども。
お飾りの妻だとしても、いい気持ちではないのではないか?
そう思いながら、カレンは美しい装飾を施された壁や柱を自慢している、お飾りの旦那様を胡乱な目で見ていた。
そんな視線に気づいてしまったのだろう、得意になって説明していたレオナルドの目が、はっと見開かれた。
そしてみるみる内に視線が彷徨う。
別邸の存在理由を思い出し、慌てているらしい。
呆れた顔で見ていたら、今度は取り繕うように庭へと案内された。
「そ、そろそろ庭でティータイムにしましょうか。」
強張った笑顔を貼り付けたまま、カレンの腰を抱いて優雅にエスコートする。
その姿は様になっているが、先程の失態は大きい。
「……はぁ。」
カレンはあまり気乗りしないような顔で返事をした。
花園に備え付けられているガーデンチェアに腰掛けると、控えていた侍女達がテーブルに次々とお茶とお菓子を並べていく。
三段構えの小さな皿には、小ぶりな色とりどりのケーキやクッキーが乗せられ、可愛らしい花柄のティーカップには、薔薇の花びらの香りがする紅茶が注がれていた。
レオナルドは、先程の失態を挽回するかのように愉しい話を振ってきた。
さすがプレイボーイ、女性を飽きさせない話術に関しては得意と見える。
カレンは適当に相槌をしながら、レオナルドの話を聞いていた。
ふと、会話をしていたレオナルドが、ふっと笑んだ。
「貴女は、面白い人ですね。」
「え?」
「私のふざけた提案を快く承諾してくれて、しかもこんな所に呼び出した今も貴女は怒ることすらしない。」
「はぁ……。」
レオナルドの言葉にカレンは首を傾げた。
怒るも何も、元々そういう契約だ。
「元からそういうお約束でしたよね?」
偽装結婚、それが二人の間にある約束事だ。
今更何を言うのだろうこの人は、と思う。
レオナルドは、さも当たり前という風に答えるカレンを見て微笑んだ。
「本当に貴女には感謝しています。」
そう言ってカレンの手を取るレオナルド。
その瞬間、彼の背後――遥か上空――で、きらりと光る何かが見えた。
カレンは、はっと気づき空を見上げた時には遅かった――。
ガッシャーン。
派手な音を立ててティーセットが割れながら散乱する。
「な、なんだ!?」
突然目の前に、何かが振ってきたと思い飛び退いたレオナルドは、その光景に目を瞠った。
そこには――。
硬い丸テーブルは真っ二つにへし折られ。
綺麗な花が咲き誇る庭に、一振りの剣が突き刺さっていたのだった。
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