第10話

「ごきげんよう、今日は一日何をしていましたか?」


知ってるくせに……。


夕方、珍しく本邸に顔を出したレオナルドは、出迎えたカレンに開口一番そう聞いてきたのだった。

突然の主の登場に邸の従者達が慌しく動く中、カレンはレオナルドの顔を見ながら静かに答えた。


「今日は天気が良かったので、庭に出て花を愛でていました。」


「……そう。」


にこにこと笑顔のままカレンを見下ろすレオナルドは、何を考えているのかわからなかった。

勝手に別邸に近寄るな、と怒鳴られた方がわかりやすいのに。


「花は良いですね、心が和みます。」


意趣返しとばかりにそう続けてみれば、レオナルドの片眉が僅かに反応した。


「ええ、華は良いですね、私の心を癒してくれる。特に、はなやかな華は。」


そう言ってくすりと笑むと、カレンを見て。


「でも、野に咲く可憐な花も捨てがたい。」


ふっと、蕩けそうな笑顔を向けてきた。


――やめてほしい。


カレンは内心で鳥肌が立った。

こちらに興味を持たれたら困ると焦る。

せっかく快適ライフを満喫しているのに、これ以上の面倒事はごめんだと胸中でごちた。


「そうですか?旦那様には華やかな花がお似合いだと思いますよ。」

(いいからお前は別邸でいちゃいちゃしてろ)


副音声を込めて抵抗してみた。


「ははは、今日は久しぶりにこちらで食事を共にしましょうか。」

(冷たくしないで子猫ちゃん仲良くしようよ)


何故か相手も副音声を入れて返してきた。


「そんな、お忙しい旦那様をお引止めするわけにはいきませんわ。」

(さっさと帰れよ)


「グレイス、私もこちらで晩餐をとるから用意を。」

(ははは、逃げられると思ったの?)


「…………かしこまりました。」


嗚呼グレイス、ご主人様には逆らえないものね……。


二人の攻防を傍で諦観していた有能な執事の返事で、カレンの敗北が決まったのだった。






一見和やかに進む晩餐で、カレンは辟易していた。


「それでは、サロンにあったクッションも貴女が?」


「ええ、素敵なソファだったので、お揃いのを作ってみましたの。」


さっきから何なのだろう……。


レオナルドは晩餐が始まると、カレンに昼間はいつも何をしているのか聞いてきた。

とりあえず差し障りがない程度に、邸の内装を自分好みに変えている話をしてみた。


実は、ここへ来てから暇を持て余していたカレンは、邸を好きなようにして良いとレオナルドに言われた通り、好き勝手に模様替えをしていた。

先程言ったクッションも、もちろん自分で作ったのだ。

それだけではない、サロンにあるカーテンやテーブルクロスなんかも、侍女たちと一緒に作った。

縁を飾るレースや刺繍は渾身の作で、カレン自身大いに気に入っている。


もともと家に引きこもりがちだったカレンは、暇を潰すためによく繕い物や刺繍などをしていた。

そのおかげで侯爵家へ来て何もする事が無くても、途方にくれることもなく、侍女たちとも仲良くなる事が出来たのだった。


「そうですか、この邸が明るい雰囲気になったのは、貴女のお陰だったのですね。」


レオナルドはそう言って、蕩けるような微笑をみせる。

すると、背後に控えていた侍女達から、ほぉと溜息が漏れる音が聞こえてきた。

カレンは、そんなレオナルドの微笑にも動じず、おほほほほと品よく笑いながら適当に返す。

その姿に軽く目を瞠ったレオナルドは、少しだけ口角を上げながら言葉を続けた。

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