第9話

それは本当に偶然だった。


今日は特にやる事が無く天気も良かったので、庭に出てみようと思いたった。

広大な敷地を誇る侯爵家の庭は、驚くほど広い。

隅から隅まで見ようと思ったら、一日はかかるであろう。

しかも計算された配置で木や草花が植えられている庭は、まるで自然の森の中にいるような作りをしていた。


うっかりしていると、迷ってしまうほどだ。

ここへ来た頃、伴も付けず散策して、あわや迷子になりかけたことがあった。

同じ鉄は二度も踏まぬと心に誓い、しっかりと侍女を二人お供に付け、庭を散歩していたときであった。


庭師自慢のバラ園を散策した後、もっと奥を探検してみようと足を進めていると、少し開けた場所へと出た。

侍女がその事に気づいて「あっ」と小さく慌てた時には遅かった。

木々で隠すように建てられた、白を基調とした華美な建物。

その周りには、小さなバラ園と季節の花々が植えられた小さな花園があった。


――これは……もしかして、レオナルド様が言っていた別邸かしら?


カレンは少しだけ好奇心が沸き、その別邸をまじまじと見ていた。

すると邸の中から声が聞えてきた。

慌てて近くにあった木の陰に隠れる。


カレンを止め損ねた侍女達も慌てて隠れ、カレンと一緒に覗くはめになってしまった。

暫く見ていると、邸の中から数人の人影が出てきた。

その中に良く知る人物を見つけて、ここが別邸だと確信する。


レオナルドだ。


彼は数人の女性を侍らせて、談笑していた。


――え?彼女って一人じゃないの?


どう見ても愛人にしか見えない派手な装いの女性達は、みなレオナルドにしな垂れかかるようにして寄り添っている。

時々愛を囁く台詞が聞こえてきて、カレンはうへぇと隠れて舌を出した。


噂通りの男である。


婚約をした当初、レオナルドの噂を聞きつけてきた父が「本当に良いのかい?」と聞いてきた事があった。

父が言うには彼――レオナルド――の良くない噂を耳にしたのだとか。


――場末の娼婦に流浪の旅芸人、果ては未亡人にまで手を出すプレイボーイ――。


――彼の眼差し一つで厳粛な淑女も恋に落ちる――。


などなど、数々の浮名を持っているそうだ。

世俗の噂話に疎いオーディンス家当主の耳にまで入るほどだ、貴族の間では隅々まで噂が行き渡っていることだろう。

青褪める父とは逆に、カレンは実に冷静だった。

それもそのはず、元々の条件が――彼女と一緒にいたいから――である、今更驚くほどではない。

父の心配をさらりと交わし「剣が反応しませんから」の一点張りで押し通した。


なので、今目の前で起きている光景を呆れはするが怒る気など更々無い。

勝手にやってくれと思う。

これ以上ここにいて見つかったら後々面倒だと思い、腰を上げたそのときだった。


見つかってしまった。


木の陰から少しだけ顔が出ていたようだ。

こちらを偶然振り返ったレオナルドと、ばっちりと目が合ってしまった。

カレンはまずいと動揺したが、平静を装ってくるりと踵を返すと、何事も無かったように足早にその場から離れたのであった。

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